聖女って無力だろ?
「ノエル、ルカが来てるわよ」
私は母に起こされた。起き上がって目を擦って外を見ると、随分と日が高くなっていた。
私はのっそりと起き出して、寝間着のはだけた所を直して、部屋を出た。
「よう。一年ぶりだな」
ルカが口を開いた。私はゆっくりと頷いた。
「目が真っ赤じゃないか……」
「昨日……フィンの……」
「分かった。いいから」
私が言葉を選びつつ話そうとしていたら、ルカが止めてくれた。
「外に出られるか?」
ルカが聞いた。
「着替えたら出られる」
私が答えた。
ルカは改めて私の寝間着姿を見て、急に横を向いた。
「き、着替えてきて。ちょっと散歩しよう」
「うん」
そう言うと私は部屋に戻った。
私はお出かけ用の服に着替えた。それからせっかくルカが来てくれたんだから、バッチリお化粧して驚かそうとも思ったけど、時間がないから薄化粧までにした。
準備ができたらすぐに私はルカのもとに出て来た。
「お待たせしました!」
ルカは私の方を少し見て、すぐに背中を見せた。
「行こう」
ルカと私は並んで歩いた。
「ルカは長期休暇なんですか?」
「そんな感じだね」
「ふうん」
二人とも静かにしばらく歩いた。
私が急に尋ねた。
「ルカはどうして私のところに来てくれたのですか?」
ルカが私の方に顔を向けた。
「フィンのこと、真っ先にショックを受けるだろうなと思ったんだ」
私は嬉しくなった。フィンのことを覚えてくれてる人がここにもいてくれたのだから。
「ルカはフィンのことを覚えていてくれたのですね?」
「まあな……お前がいつもフィンのことを奥ゆかしいって言ってたからな。覚えるよ」
ルカは頬を指でかきながら言った。
「ノエル、ちょっと街外れまで散歩しようぜ」
「……いいよ」
私はルカの案内で街から少し離れた川までやって来た。
「ここ、座れるんじゃないかな」
ルカが川原の大きな流木を指差した。
「そうですね」
ルカと私は、その流木に腰掛けた。
「どうしてここまで連れて来たのですか?」
私が訊いた。ルカは川面を見つめていた。
「ちょっと生意気にも言いたいことがあったから」
ルカは何度か深呼吸をしてから続けた。
「聖女って、無力だろ?」
ルカが私の心に直接射掛けてきた。
私は否定した。
「そんなことないよ。……国を代表して祈りを捧げるんだよ?」
「でもフィンを助けられなかった」
ルカは酷いことを言った。
「そうです。無力です……」
私はポツリと言った。
フィンが長生きするように祈るのは聖女には許されない。フィンが他界するのに立ち会えなかった。しかも聖女の修行のせいで。
私の心の中から何かが溢れ出すのを感じた。
「……せめて……せめてフィンを看取りたかった……!」
止まらなくなった――ひどく冷静な自分が自分を見ていた。
「僕はフィンの最期に、ありがとうって言いたかったんだ!僕と友達でいてくれてありがとうって!」
僕はまた涙を流し始めた。
「こんなのだったら、僕は聖女になんかなるんじゃなかった!」
僕の叫び声は川の流れる音が緩めてくれた。周りに人はいない。ルカだけが僕の声を聞いてくれた。
僕は引き寄せられた。ルカの手が肩に回っていた。
「ワーッ!」
自分でも驚くぐらいの大きな声で叫んだ、泣くと言うより叫んだ。
僕は、ルカの胸でルカに抱かれながら泣いた。酷い声で泣いた。いつまでも泣いた。
――どれくらい経っただろう。私はいつの間にか眠っていた。
目が覚めると、私は……ルカの腕の中にいた。
離れようとしたけど、ルカの腕が強くて離れられない。
「ルカ……離れたい」
「あ!……すまなかった」
ルカは力を緩めてくれた。私はすぐに離れることができた。
身体が軽く感じたけど、ほんの少し前まであった安心感は無くなった。
「その……悪かった。無力だとか言って。強すぎたよな……」
ルカは川の向こう岸を見ながら話し始めた。
「……でも、聖女もそうだし神官もそうだけど、祈ることは、五穀豊穣とか、疫病平癒とか、戦争勝利とかだ。犬一頭の生命には目もくれない……」
私は頷いた。人間一人の生命について祈らない。いわんや犬一頭をや。
「……しかも、五穀豊穣を祈っても飢饉は来るし、疫病平癒を祈っても疫病はなかなか立ち去らない」
私はこれにも頷いた。歴代の聖女は連綿とこの国の行く道を思いながら祈りを捧げてきた。それでも、飢饉は起こるし、疫病も発生するし、戦に負けることもある。
私は疑問に思った。
「私は無駄なことをしているのでしょうか?」
「無駄じゃない。祈りを捧げることが大事なんだ。飢饉が起こっても、疫病が止まらなくても、良くしようと一生懸命になってくれてる姿もないと人々は何にも縋ることができない……聖女は必要なんだ」
ルカの言葉が私の胸に静かに入ってきた。
「これからも沢山の人や動物の生命に関わることになると思う。そして悲しい出来事に接することもあるだろう。でも聖女は祈りを捧げ続けないといけないんだ」
私は、ルカに少しだけ勇気をもらった。
「じゃあ泣いてはいられないね」
私は言った。
「いや……今は泣いていいと思うよ」
もうだめだった。私は今は心を立て直せない。私は無意識のうちにルカにすがった。
「ルカ……ルカ……ごめんなさい……ありがとう……」
ルカは私を受け止めてくれた。そして抱き締めてくれた。私はそのままルカの腕の中で、嗚咽を漏らし続けた。
* * *
その後、私はルカに送ってもらい、帰宅した。母は夕食の支度をしながら、普通に「おかえり」と言ってくれた。
「ねえ、お母様」
私は母の背中に言った。
「どうしたの?」
「私は聖女になります」
母は私の方を向いた。少し不思議そうな表情だった。でも私の顔を見て、安心しているようだった。




