久し振りだね
聖女選考がすべて終了して、僕は半年振りに自宅に帰った。
この後半年は地元で暮らして、その後からは「聖女」としての修行に入ることになる。
本当ならすぐに修行に入るんだけど、最初の半年間は教養なので、地元の神官が開いている教室に通っていいことになっている。
僕はルカのお父さんに教えてもらうことにした。
ルカのお父さんは、聖女候補に教えるのは後にも先にもないだろうと言って、とても喜んでくれた。その分、講義内容は濃くなったんじゃないかなと思う。
その特別講義の初日に、ルカが首都にある神官学校に入学していたことを聞かされた。僕とほぼ同じ時期に首都に行っていたことになる。なのに知らなかった。
多分年末には一時帰郷するだろうと聞いた。それまでは僕は我慢しようと思った。
家に帰ると、前と同じようにフィンが出迎えてくれている。
僕の前に出てきて、前肢で僕の足を軽くつつく。僕が「なに?」と聞くと首筋を僕に見えるように向けて待った。
撫でて欲しい時の控えめな仕草も変わらなかった。
ただ、フィンの動きが随分遅くなったと感じた。
家族のみんなは毎日見てるから気付かなくて、僕は半年振りに会ったから分かったのかも知れない。
僕は前よりも入念に撫でてあげた。
早く聖女になって、フィンのことを神様に祈りたいなと思った。でも反面、最終選考の結果を聞いた以上、個人的な考えで祈りを捧げてはいけないとも思った。
* * *
数ヵ月後のある日、いつものようにルカのお父さんの講義を受けに行った。
自宅の裏にある教室の戸を開けた。中には一人の男性が座っていた。僕に背を向けてたので、顔はよく分からない。
でも、彼の背中を僕は知っている。
小さい頃はいつも彼の背中を見ていたと思う。追いかけたり、守ってくれたり……。
「ルカ……」
僕はそれ以上はしゃべれなくなった。頭の中を何かが走り抜けるような感覚をおぼえた。その後、視界の周囲が白くぼやけていきそうな気分になった。
ルカは気付いてすぐに僕の前に立った。
「ノエル。久し振りだね」
ルカが目の前にいる……。僕は涙を拭いて笑顔を彼に見せた。
「ルカ、久し振りだね……」
ルカは微笑みながら僕を見つめて、頷いた。
すぐにルカのお父さんが教室に入ってきた。
「ルカ、長期休暇を返上して、私の講義を聞きたいのか?」
「いや、さすがに……」
ルカは苦笑を見せながら立ち上がった。
「ノエル、後で」
僕は大きく頷いて、出ていくルカに手を振った。
「お前達は、小さい頃からずっと一緒だったよな」
ルカのお父さんは目を細めて言った。僕もルカが今も仲良くしてくれるのは、とても嬉しい。
「さて、じゃあ講義が終わるまでは私に注目して」
ルカのお父さんの言い方が面白かった。
「……はい」
僕は少し笑いながら答えた。
講義が終わると、ルカのお父さんは「少し待ってなさい」と言い残して教室を出た。
一人で座って待っていると、教室の戸が開いた。
「ノエル」
ルカの声だ。僕は立ち上がって振り返った。
「お父さんは?」
僕は見回しながら言った。
「親父は自宅だよ。それよりも、家に帰るんだろ?送っていくよ」
「うん」
僕はルカの後を追って外に出た。
* * *
街はいつも通りに、そこそこ賑わっていた。通りには買い物客が閉店間際の露店の様子を見ながら歩いている。
僕たちの方を見る人は特にいなかった。
「首都は人が凄かったよね?行った日と帰った日しか見なかったけど」
僕は言った。それ以外の日は、聖女寮の中にいて、首都の街中なんか知らなかった。
「俺も似たようなものだ。講義と儀式ばかりで外になかなか出られない」
ルカが言った。
「そうそう、ルカって神官学校に行ったんだね。知らなかったよ。同じ首都なのに」
僕は言った。ルカは頷いた。
「お互い出られなかったんだ。出会えるわけがないんだよな」
「うん……でも、神官学校のルカ、見てみたいな……」
僕は神官に似た服装を身にまとうルカがどんな風に見えるか気になった。
「俺はノエルが聖女寮の服を着てるのをチラッと見たんだぜ」
ルカが言った。急にすごく恥ずかしくなった。
「ええ!?見られたの!?恥ずかしい!」
僕は声を上げて、顔を両手で隠した。僕の周りの通行人が僕を見ていたと思う。余計に恥ずかしくなった。
でもルカは涼しい表情だった。
「なんで?似合ってたよ」
「そんなことない!そんなことない!」
僕は顔を隠したまま顔を左右に振った。無意識のうちに声も大きくなってしまった。
「いや、本当に似合ってたよ。自信もっていいよ」
「でも女の子っぽいでしょ?あの服装?」
僕は少女向けの服装を着ることに、少し抵抗が残っていた。
ルカは少し考えてから、話し始めた。
「聖女になるのだから聖女の服装が合うのはいいことだと思うよ。前みたいにシャツとズボンより、お祈りする気が起きやすくないか?」
ルカの言うことは冗談とも聞こえるけど、思ったより的確に突いてくる。
「うん。そうかも知れない……」
「そうだよきっと」
ルカが背中を叩きながら言った。僕は叩かれながら、ルカの言うことは当たってるなと漠然と思った。
「それにかわいかったし……」
「え?」
僕は驚いた。「かわいい」は聖女とは違うように感じた。「キリッとしてる」とか言われたいかな……。
「今のは忘れて!ごめん!」
ルカは僕が何も言わないうちに言った。
僕はルカの方を見た。ルカは口を手で覆い、遠くを見てた。少し焦ってるようにも見えた。
「うん。忘れるね」
僕が答えたけど、ルカは何も言わなかった。
僕とルカはその後は無言のまま、僕の家まで来た。
「送ってくれてありがとうね」
僕は言った。
「いや……それより……気まずくさせてごめん」
ルカが謝った。
「いいよ、大丈夫だから」
僕がなだめた。
「また明日、お話ししよう?」
僕が言うと、ルカは頷いた。
「じゃあ……また明日な」
そう言うとルカは踵を返した。僕はルカの背中に手を振って見送った。
ルカの背中が通りの向こうに消えてから、僕は家のドアを開けた。




