僕は選ばれた
二日後の早朝、僕は家の前で馬車を待っていた。
見送りには、父さん、母さん、兄さん、お祖母さん、お弟子さんと、それからフィン。家中みんながいた。
まだ人通りがほとんどなく、僕たち一家だけが路地にいた。
でもルカはいなかった。見回しても、通りの遠くを見ても、いなかった。
ガタガタと音を立てて、馬車がやってきた。荷台には幌もなく、あまりお金がかかっていないものだった。
馬車が止まると、荷台に乗っていた人が降りてきた。神官の格好をしている。
「名前は?」
「ノエルです」
「では乗って下さい」
僕は馬車の荷台によじ登った。
「……出してくれ」
神官が御者に指示を出すと、馬車が動き出した。
そこに飛び込んでくる一人の影が見えた。
ルカだ。
「ノエル!遅くなった!」
ルカは馬車と並走している。
「元気でな!おまじないできないけど!」
僕は首を横に振った。
「ありがとう!来てくれただけで元気になったよ!」
僕の今の偽らない気持ちをそのまま言った。ルカは満面の笑顔を見せてくれた。子供の時の、いつも僕を助けてくれたルカを思い出した。
ルカは止まって大きく手を振った。
僕も負けないぐらい大きく手を振った。
* * *
僕を乗せた馬車は、丸一日かけて首都付近まで来た。
大きな城壁が最初に見えて、尖塔が見えた。道の先には大きな門があった。なんでも大きい。
首都の中に馬車は入っていった。
馬車に乗ったまま、首都の大通りを見ていた。首都は何度か来たことがあるけど、いつも人が一杯だ。
商人が、遠くの国の服を着て歩いていたり、神官が馬車で移動していたり、首都の住民が話をしながら歩いていたりした。
この様を見て、おとなは「活気がある」と言うけど、僕には少し疲れる。
宿舎の中にまで直接馬車が乗り入れた。ここは「聖女寮」というらしい。
うながされて馬車から降りた。そこから真っ直ぐの小路が延びて、その両側には小さい平屋の建物が並んでいた。さっと数えたら、建物は五十棟ぐらいあった。
この建物は受験生の宿舎だそうで、建物は選考結果から指定された。僕は一番遠い平屋に入ることになった。
宿舎の建物は古いけど、掃除が行き届いていて、とても過ごしやすかった。お布団も柔らかくて眠りやすかった。
次の日、広場に指定された服を着て集まった。受験生は全国から集まっていて、全員で五十人ほどだった。
渡された服は、聖女が着そうな服に少し似てたけど、もっと簡素なものだった。もちろん僕も着た。可愛らしさもあって、僕が着るのは、あまり似合わないかなと思った。
聖女首都選考会場で、第三次選考が行われた。一人ずつ真っ暗な部屋に押し込められ、朝まで外に出ずに過ごしなさいというものだった。
部屋の中では、怖い目に遭わせられたり、優しく導かれたりと、つい外に出たくなる仕掛けが続いた。
そして最後は、朝日が隙間から見え、鳥の声が聞こえた。
ルカに教えてもらった昔話では、朝日も鳥も作り物で、朝になるまでに戸を開けさせる罠だった。僕は戸を開けずに我慢した。
でもこれに耐えられない子もいたみたいだった。次の朝には受験生が減っていた。
第三次選考から二日後に第四次選考が行われた。今度は三日かけた選考だった。回数を重ねるほど選考にかける日数が増えていった。
最終選考が始まる頃には、五ヶ月が過ぎていた。五十人いた受験者は、選考ごとに減っていき、この段階では三人になっていた。
* * *
聖女になるための最終選考の初日。選考官からお題が告げられた。
「今度は実際に祈りを捧げてもらう」
僕たちは三人とも、あまり大きくない建物に入れられた。ここで朝から夕方まで祈りを捧げることになった。祈る目的は「豊作」だった。
僕たちはすぐに祈りを捧げ始めた。豊作を祈り、人々が飢えることのないように祈り続けた。
祈る毎日を繰り返して、一ヶ月が経ち、最終選考が終わった。最後に、選考結果は、宿舎の建物まで直接来て告げてもらえるとのことが伝えられた。
次の日、僕は半年暮らした建物の掃除をしていた。
コンコンコン。
ノックが聞こえた。
「はーい」
僕はドアを開けた。ドアの前には選考官が立っていた。
「ノエルさんですね?」
「はい」
しばしの沈黙。
たぶんそんなに経ってないと思うけど、選考官が口を開くまでの時間は、僕にはとても長く感じた。
そして、選考官が口を開いた。
「合格です」
僕は天を仰いだ。
「静かにして。落ちた受験生もいます」
僕は急いで神妙な顔をして、頷いた。
「あの……」
僕は聞きたいことがあった。
「あの、二人が落ちた理由はなんでしょうか?」
「聞きたいですか?」
選考官が尋ねた。
「はい」
僕が答えた。選考官は一つ咳払いをした。
「一人は、自身の合格を祈っていたから落ちました」
確かにそれは落ちても納得できる。豊作を祈るよう言われてこれではいけない。
「もう一人は、出身の村に限った豊作を祈ったからです」
「ダメなんですか?」
僕は尋ねた。
「ええ。出身の村は、前年の凶作で大変な状況だそうです。その惨状からの復旧を祈ったのです」
「それはいけないのですか?」
「決して人としては、いけないことではありません。しかし聖女としてはいけないことです。この国全体のことを考えて祈らなければなりません」
僕は、フィンのことが頭をよぎった。聖女になる動機がフィンの長生きを祈りたかったからだった。
もし僕の出身の村が飢饉に襲われていたなら、僕は不合格になってたはずだ。僕も出身地の豊作を特に祈ったはずだから。
僕が踏み出した第一歩は、少し苦味があった。




