元気になるおまじない
三日後、僕は朝から聖女地方選考会場にいた。
会場を見回して人数を数えた。十二人だった。第一次選考でだいたい十分の一に減ったみたいだ。
人数が随分減ったのに、前と同じく、市役所前広場で待たされた。
すぐ後ろの子が、立たされている不満を口にしていた。僕は振り返って、指を口に当てた。
「選考官が絶対に見てるよ……」
その子は肩をすくめて、その後は黙って立っていた。
前と同じで一人ずつ呼ばれた。
集会場の正面に導かれた。広い集会場だけど、一列に選考官が並んで座っていて、選考官の前に僕は立った。
ただし、今回は椅子があった。選考官の中心にいた人が「座って」と言った。
「名前は?」
「ノエルです」
「志望動機は?」
「この国の安寧を願うためです」
面接官は表情を変えなかった。これは正解なのかも知れないけど、歓迎されない答なんだなとぼんやりと思った。
「では、ここからは試問です」
「はい」
僕はゆっくりと頷いた。
「次の意味を答えてください。『アメアシクナリヌ。カレアナヲカヘサム』」
僕はすぐに答えた。
「『空が悪くなってきた。よって、私はあなたを帰そう』です」
ルカのお父さんに古語を習ってきたおかげだ。
「では次。金貨35枚を8人に均等かつできるだけ多く分けると、何枚余るか?」
僕は少しだけ考えた。
「3枚です」
これもルカのお父さんの教室で習ってた。
「以上です。立ちなさい」
今回も手応えがないと思った。古典語の簡単な口語訳と、簡単な計算。これで何が分かるのかな?と。
「では失礼します……」
立ち上がろうとした。
――ヒュッ!
何かが頭の上を通り過ぎた。
危ない!と思って、僕は立ち上がろうとしていたのを止めた。バランスを崩して床に手を突いた。
――ドスン!
「痛いっ!」
僕は大きな声を上げながら、床に転んでしまった。
立ち上がって服のホコリを払ったり、髪が乱れてないか手を当てたりした。その後にようやく、選考の部屋から出る途中だったことを思い出した。
「あ、し、失礼します」
僕は恥ずかしくなりながら、挨拶もそこそこに会場を後にした。
その日も、すぐに家に帰された。
「ただいま……」
僕がしょげてるのを察知して、犬のフィンが寄ってきた。こういうときのフィンは頼もしい。
「ありがとう、でも今回はそんなに辛くないよ」
僕はフィンの肩を何度も撫でた。
選考の方は全然悪くないと思ってた。ただ、選考の後に転んだのは恥ずかしかった。
不意に思い出して、その度に顔がほてるので、目を固く閉じて首を横に何度も振った。そういうのを何回かすると、だんだんと恥ずかしさは薄くなっていった。
夕方になって夕食をとって、着替えて眠りについて、次の日を迎えると、昨日の恥ずかしさはほとんどなくなっていた。
そしてこの日のお昼頃には、第二次選考の結果が地方選考会場に貼り出される。
今日はフィンと一緒に行くことにした。いつもの散歩コースとは全く違うので、フィンはとても喜んで、いろんな路地に寄り道しようとした。
「今日は探検しないよ?」
そうフィンに言ったりして、宥めながら市役所前広場に向かった。
一人で来るよりは少し時間はかかったけど、選考結果の掲示には間に合った。会場には昨日の第二次選考を受けた人たちが集まっていた。気になるよね。僕も気になったから来てるんだ。
少しして、紙を持った役人のような人が現れた。その紙を手早く掲示板に貼って、すぐに帰った。
第二次選考通過者は二人で、僕の番号が有った。
「あった!」
笑顔でフィンを見た。
「やったよ!」
フィンも喜んでくれてる。顔を上げて、嬉しそうな顔を僕に見せてくれた。
「フィン、僕ね、聖女になれるかも知れないよ」
そう呟いて、僕はフィンの頭を撫で続けた。
* * *
第二次選考の次の日、いつも通りルカのお父さんの教室に行った。
「おめでとう」
教室のみんなにお祝いの言葉をもらった。「おめでとう」「がんばれ」などなど。
でも僕は、ルカが何も言ってくれないのが気になった。むしろ僕から目を逸らしてる。いい気がしない。僕もちょっと怒り始めてしまった。
そのまま教室が終わった。
皆が帰った後も、ルカは動こうとしない。僕も動かずに待っていた。
もう教室には、僕とルカしかいない。
しばらくすると、ルカが僕の前に来た。
「……なに?」
僕は、一番言っちゃダメな言い方でルカに尋ねた。そして全く違う方向を向いていた。
「おめでとう!それから、ごめん!」
ルカが言ってくれた。僕はルカの顔を見た。僕を真っ直ぐ見つめている。
僕の方が目を逸らした。恥ずかしくなってきた。
ルカは僕の顎に指を添えて、無理に僕の顔をルカの方に向かせた。
僕は何をされているのかよく分からず、されるがままになっていた。ルカの目に視線がいった。そのまま吸い込まれそうで、動けなくなった。
「あ……」
ルカは指を離して、視線を外した。
僕はルカの視線から自由になって、ほっとした。
「ごめんな。ノエル。俺、ノエルが遠くに行ってしまいそうな感じになって……」
僕はルカの余裕がないような様子を見て、安心した。
「その……おめでとう……」
ルカの言葉に、僕は笑顔になった。
「ありがとう。それから、謝らなくていいよ」
僕が言った。
ルカはさらに照れたような仕草を見せた。
「ノエル。その、上目遣いは……」
「なに?」
「なんでもない」
ルカは時々、僕に分からないことを言ったりする。
僕は改めてルカに尋ねた。
「ルカ、応援してくれる?」
「もちろん」
ルカは力強く答えてくれた。
「じゃあ、元気になるおまじない、やって?小さい頃にしてくれたの」
「え、あ、ああ……」
ルカは僕の両手を取って、少しだけ上げた。
「ノエルは元気になる。ノエルは元気になる」
手を繋ぐだけで元気になるわけじゃない。他の人から見たら、子どものくだらないおまじない。だけど、ルカの手は僕には魔法だった。
「どう?元気になれそうか?」
ルカに聞かれた。
「うん」
僕は元気よく頷いた。
「いつ首都に行くんだ?」
「明後日の朝に出る予定」
「急だな。準備はできてるのか?」
「向こうでは食事、服、住むところまで用意してくれてるんだって」
「へえ、全部揃えてくれるのか……」
ルカは少し驚いた。
「そう。だから何も準備はいらないんだ」
「当日は見送るよ」
「うん。ルカには来て欲しい……」
僕に元気をくれるただ一人の人だから、絶対に来て欲しい。
「あ、ああ、行くよ……」
ルカはなぜかしどろもどろになった。




