聖女に応募したよ
僕は夕食の時に、家族みんなの前で言った。
「聖女に応募しようと思う」
みんなびっくりしてた。
「聖女は女性しかなれないんじゃないか?」
兄さんが言った。僕はすぐに首を横に振った。
「男でもなれるってルカが言ってた」
「そうか。じゃあ男もなれるんだろうな。ルカはよく知ってるよね?神官の家の子だもんな」
「そうだよ。ルカは神官のお仕事のことはよく知らないって言ってたけど、本当は詳しいんだからね」
「ノエル……なんでルカを自慢するんだ?」
僕は兄さんの言葉に驚いた。
「そんなこと言った!?」
「言ってはないけど、そういう表情をしてた」
「え?そんなことないよ?」
僕は、ただルカがいろんなことを知っているのを言いたかっただけ。自慢じゃない。
僕は少しあせった。
「どうしたノエル、顔を触っても表情は分からないだろ?」
「あ、そうか……」
――ははは…。
みんな笑った。
父さんも母さんも、お祖母さんも、端っこに座るお弟子さんも笑ってた。
僕は恥ずかしくなってうつむいた。
「ノエル、本当に受けたいんだったら止めません」
母さんが言った。そして少し舌を出した。
「私も受けたもの……」
「ほんとに?どんな試験だったの?筆記試験は?面接は?」
僕は身を乗り出した。
「何もしなかったのよね。こっちに来て立て、動くな、終わったから帰れ、で終わったのよね」
母さんが教えてくれた。その話し方は、懐かしく振り返っているようだった。
「ということは、ほんとに何も準備しないの?」
「一次選考はそうだったわよ。そこから先は、いろいろあるかもね……」
「ふう……ん」
僕は返事だけして、あとは黙ってしまった。
「受けるだけ受けたらいいわよ」
母さんが言ってくれた。見回すと、父さんも、兄さんも、お祖母さんも、頷いていた。
「受けてみるね……」
僕は呟いて家族に宣言した。
* * *
次の日、僕はルカの家の前に立った。いつもはすぐに裏に回って教室にいくんだけど、今日は正面からお邪魔した。
外から声をかけて暫く待つとルカのお父さんが出てきてくれた。
「ルカに用事か?」
「いえ……」
僕は少し躊躇した。でも言わないと始まらない。思い切った。
「聖女になりたいんです。手続きとかをおしえて頂きたくて……」
「ああ、分かった。どうぞ」
ルカのお父さんは僕を応接間に通してくれた。ルカのお父さんは、高級そうなソファーを指差して、座って待つように言った。
ふかふかのソファーに座って待っていると、すぐに、ルカのお父さんが書類を持ってきてくれた。
「これに名前と住所を書いて」
僕は黙って、名前の欄に名前を書いて、住所の欄に住所を書いて、渡した。
「はい、これで一次選考は通過だ」
僕は何を言ってるのか分からなかった。
「通過って……?」
神官は笑みを浮かべた。
「そう。文字の読み書きができたんだ。合格だよ」
机の下から取り出した札を渡された。
「では、この札を当日持って来るように」
帰り道、僕はここまでを振り返ってみた。性別の壁がない。申し込みも簡単。選考も簡単。ほんとうにこれで聖女が選べるの?と疑問に思った。
疑問に思ったけど、わざわざ聞くほどのものでもないと思った。聖女になるギリギリなら分かるけど、たぶん次の選考で終わると思ったし。
* * *
聖女地方選考会場は、市役所の集会場を使うとことになっていて、市役所前広場には多くの人が集まっていた。
若い人ばかりで、百人ぐらいいたかも知れない。付き添いの人も含めると、結構な数になった。
僕たちは、広場で、札の番号順に並ばされた。僕の前も後ろも女性だった。男性もいるけど、そんなに多くなかった。
案内人が前から順番に一人ずつ部屋の中に呼び込んでいた。
「次、入りなさい」
今度は僕の番になり、呼ばれて部屋に入った。
「ここに立ちなさい」
集会場の正面に立たされた。広いけど、僕の前に選考官と想われる人たちが一列に並んで僕を見ていた。
「そのまま動かずに立ったままいなさい」
そう言うと案内人が僕から離れた。
「名前は?」
正面の人から尋ねられた。
「ノエルです」
選考官の中心にいる人が口を開いた。
「そのまま。動かないで……」
真ん中の人がじっと僕を見た。周りの人たちも僕をじっと見ていた。僕に向かう沢山の視線に、僕は、正直言って嫌悪感を覚えた。
「あなたの選考は終わり。こちらに来なさい」
今度は案内人が呼んだ。僕はそちらに向かって歩き、市役所の裏側に出た。広場で待つ人たちの声が聞こえたけど、姿は直接は見えなかった。
そして案内人が突然言った。
「第一次選考を通過しました。こちらを読んでおきなさい」
一枚の紙を渡された。
「これは第二次選考じゃないんですか?」
案内人が少し考えたが、すぐに気付いたようだった。
「正式には今日の選考が第一次選考だ。名前を書くのが一次選考ってよく言うけど、正式な選考じゃないんだ」
「そうなんですか」
僕はそれは納得した。でも疑問がもうひとつあった。
「あの……これで終わりですか?」
僕は聞いた。案内人はもう僕に背を向けていた。顔をこちらに向けずに言った。
「終わりだよ」
僕は手で軽く促されて会場を後にした。
僕は、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
家に帰ると夕方になっていて、母さんが夕食の支度をしていた。
「母さん、ただいま」
「どうだった?」
母さんが尋ねてきた。
「言われた通りだったよ。呼ばれて、立ったまま動かなくて、それで終わったよ」
「でしょ?いまも同じなのね」
母さんがにこにこしながら言った。
「それでね……通ったって」
僕が言うと、母さんはすごく驚いた。
「そうなの!びっくりした……!すごいじゃない!?」
「うん……」
でも、何か頑張った結果でもなくて、僕としては、凄いのか凄くないのか分からない。
「三日後に同じ場所で第二次選考があるって」
「そう。また頑張らなきゃね」
「うん……どう頑張るか分かんないけど……お皿出すね」
僕は、犬のフィンに手を振ると、また普通の生活に戻った。




