聖女になれるといいね
僕はノエル。首都に近い街で暮らす十五歳の男子。
友達の中でも、同い年の男子のルカとは小さい頃から遊んでる。ルカには泣き虫って言われるけど、いつもルカを頼ってる。
この国には、一人の聖女がいる。聖女は国のために祈り続ける人だ。
僕が聖女を目指そうと思ったのは、ルカが言ったからだ。「聖女は男女どちらでもなれるんだ」って。
ほんとかどうかは知らないけど、受けてみたいと思った。
ルカのお父さんが開く教室が終わってから、僕とルカは、よく二人きりでおしゃべりしていた。
ルカの家は代々神官で、ルカのお父さんが国語や宗教の教室を開いている。僕はそこに通っている。ルカは先生の息子なので「居心地が悪い」とよく言っている。
「ルカのお父さんは神官だから、聖女のことは知ってるよね?」
僕はルカに聞いたことがある。
「親父は知ってるだろうけど、俺はよく知らない」
「もし聖女になったら、僕は女の子の格好をするの?」
「ノエル……」
ルカが僕をじっと見つめた。
「ノエル、今から気にする話じゃない。応募もしてないだろ?」
「あ……そうだよね、気が早いよね」
僕は頷いた。確かに今は気にするほどじゃない。
「でも似合うかもな、ノエルだったら」
ルカが変なことを言った。僕は普通の男の子向けの服を着てる。女の子の格好なんかしたことがない。なのに分かるの?と思った。
「それはそうと……」
ルカは僕から視線を逸らした。そして続けた。
「……応募するだけしたらいいと思うよ。聖女になれるのはたった一人なのに、応募は千人を超えるらしいから」
「ルカは僕の後押しをしてくれるの?」
ルカはこちらに顔を向けていなかった。ポケットに手を入れたままだ。
「女の服を着るのかなんて、選ばれてから考えればいいってことだよ」
ルカは顔だけこちらに向けた。
「なれるわけないんだからさ」
ルカは少し笑ってる。でも意地悪だ。
「僕がなれないって決まったわけじゃないよ?」
少し怒り気味に言った。でも絶対聖女になれるだなんて、さすがに思えない。
「ごめんごめん」
ルカがそう言ってから、少し止まった。ルカは僕の肩に手を乗せた。微笑みながら僕の顔を覗き込んできた。
「聖女になれるといいね」
ルカは凄く優しい声で僕に言ってくれた。
「うん……ありがとう」
ルカがいてくれて良かった。僕は心から思った。
そして――ルカは僕を抱き締めた。
僕はほんの少しの間、抱き締められたまま、じっとしていた。足元の砂利がなぜか鮮明に映った。
でも、こうやって抱き締められるのは子供っぽくて恥ずかしい。僕はルカから離れた。
ルカは、ほんの少し寂しそうな表情をしているように見えた。
「まだ聖女の選考会に応募してないんだからね」
僕なりに気を遣ったことを言った。でもルカは首を傾げた。そして、僕の言ってることに気付いてくれたみたいだった。
「ああ、気にしなくていいから!」
少し噛み合わないと思った。けど僕はルカにはそれ以上は尋ねなかった。
「そろそろ帰らなきゃ……」
僕は、教室に茜色の光が差し込んでくるのに気付いた。
「そうだな。また明日な」
ルカが答えた。
僕はルカに見送られながら帰った。僕の正面の夕日が沈もうとしていた。
* * *
街中の、混雑する所から少し離れたところに僕の工房兼家がある。
工房をちらりと見た。今日は後片付けが始まっていて、大きな音は聞こえない。僕は工房と違うドアを開けた。
「ただいま!」
僕を最初に出迎えてくれるのは、犬のフィンだ。茶色の毛で、耳がピンと立った中型犬だ。
控えめに近寄ってきて、僕を見上げる。
「ただいま!フィン!」
頭を撫でると、フィンは喜んでくれる。
聖女になりたいと思うようになったのは、フィンが長生きしてくれるようにお祈りしたいから。もちろん、もし他人に聞かれたら「この国の安寧を願っているから」って言おうとは思ってる。
僕はしばらくフィンを撫でてから手を離した。
母さんは忙しそうに夕食の支度をしている。お祖母さんはたぶん奥の部屋で繕い物をしていると思う。
「母さん、ただいま!」
「ああ、ノエル、おかえり。お夕飯までもう少しかかるわよ」
母さんが言った。
僕は母さんの傍に寄った。今日は……パンとスープと、豆の煮込み。チーズ。
「お皿出すね」
僕は食器棚からお皿とかボウルとかいろいろ取り出して、テーブルに並べた。
その後、椅子に座ろうとすると、フィンが前足で僕の脚をつついてくる。
撫でて欲しい時のサインだ。
しばらく撫でてあげてから止める。少し経つとまた前足でつついてくる。
また撫でてあげる。これを何度も繰り返す。
ガチャ。
ドアが開いた。
「ただいま」
工房から父さんと兄さんが帰ってきた。
「父さん、兄さん、おかえり!」
「ノエル、ただいま。今日は教室だったんじゃないか?」
父さんが聞いてきた。
「うん」
僕は頷いた。父さんは満足そうだった。
「さて、手を洗ってこよう」
父さんたちは裏庭に向かった。
父さんは街一番の金細工職人だ。親方として、お弟子さんと仕事をしている。
お金持ちのおばさんにアクセサリーを作ったり、神官さんから祭器を頼まれたりしてる。ずっと仕事がなくならないのが父さんの悩みなんだって。
お弟子さんから見たら父さんはかなり怖いって聞いたことがある。でも僕は怖いところを見たことがない。
兄さんは「それはお前が弟子じゃないからだ」と言ってた。「息子の俺にだって容赦しないからね」とも言った。




