いつものおまじないと違う
越年祭の日も朝は同じだ。
朝食のあとは、着替えを行う。私は立ったままで、当番の方にすべて着付けて頂く。
初めはルカの前で下着姿になるのは恥ずかしいと思った。でも今日で三回目。ルカにしてもらう時だけ恥ずかしいからだめだとは、私は言えない。
まだ意識してしまうけど、じっとしていられた。
「なあ、ノエル?」
ルカが私に後ろから声をかけた。
「なに?」
「今日は越年祭で体力が要るよな?」
私は少し考えた。今朝から明日の夕方まで祈り続けるのだから大変だと思う。
「うん。絶対要る」
私は自信をもって言った。
「おまじない、しようか?」
昔からルカは、私の手を取って、元気の出るおまじないをしてくれてた。
今だと意味も変わってきてる。まだ何もしてないのに、私はもうドキドキしてる。それでも、ルカが元気をくれるのは間違いない。
「うん」
私は言った。
ルカは一拍置いて、私の前に立った。
そして――ルカは私を抱き締めた。
――え?
これって、いつものおまじないと違う……。
「こういうの、嫌か?」
ルカが尋ねた。
ずるい。ルカはずるい。ルカにこんなことされて嫌だなんて言えるわけない……。
「嫌じゃないよ……」
私は答えた。私もルカの背中に手を回した。
ルカは私の背中を軽く叩き始めた。
「ノエルは元気になる。ノエルは元気になる」
元気になった。ちょっと憂鬱だったのが噓みたいに晴れた。ルカのお陰だよ……。
私はルカを抱き締め返した。
「ありがとう……」
そう言って、私はルカから離れた。
「越年祭、頑張ろうね」
私は元気よく言った。ルカは微笑んで頷いた。
* * *
大晦日の朝から元日の夕方まで、私は祈祷室を出ることなく、越年祭を過ごした。いくらかの仮眠は許されたものの、ほとんど寝なかった。
これまでで一番、肉体的に辛かった。
祈祷内容も多岐に渡り、頭脳面でも疲れるものだった。
終った直後は、頭の中にどんより重い芯が入ったような感覚になった。
視界の端が白くぼやけた。
距離感覚が鈍ってたのだと思うけど、祈祷室を出ようとしたら出口で右の二の腕をぶつけた。全く痛みを感じなかった。痛覚も鈍ってたのだと思う。
越年祭の祈祷が終わって祈祷室から出ると、ルカが出迎えてくれた。ルカの目の下の隈もかなり酷いものだった。
「聖女様、お疲れ様でした」
「ずっと起きてたのですか?」
余所行きの言葉遣いで尋ねた。
「はい。しかしながら、聖女様はお祈りをなさっています。私は待つだけでした。随分と楽だろうと思います」
ルカは薄く笑った。
「聖女様、続きまして……」
「新年の宴ですね、分かっています」
「馬車を用意しております」
私はルカの用意してくれた馬車に乗って王宮に向かった。ルカは御者の隣に座ると言っていた。
王宮の大広間の正面に私は導かれた。聖女は王族の次の身分とみなされているようだった。
王族、宰相、将軍……輝かしい血筋を持つ人々が私の近くに座っていた。
私はルカを探した。様々な方向に目を遣る。かなり隅の方に座っていた。
程なくして、新年の宴が始まった。
新年の宴は、はっきり言って苦手なものばかりだった。
王様の話が長かった。宰相は自慢話しかしない。将軍も武勇伝ばかりだ。
私は何度も相づちを打たなければならなかった。「この頭脳があってこそ国を発展させ続けてこられたのですね」「国の存亡をかけた戦いによく勝利してくださいました」「すごいですね」などなど。
会場では、酔っぱらいが歩き回っていた。そのうちの一部は無礼な振舞いをしていた。
そして、宰相の話は全く終わる気配を見せない。私は作り笑いをしながら、できるだけ褒めそやした。
そのような宴でも終わりが来る。王様が退出された。これで終わるはずだった。
宰相のお話がまだ終わらない。
私が「もう、やめましょう?」と言える立場ならいいけど、むしろ宰相が聖女寮の予算を握っている。逃げるわけにはいかない。
私が機嫌を損ねまいと褒めると、宰相はさらに調子に乗って、話がさらに長くなった。
ふと気になった。ルカといられる時間がなくなるかも。
ルカは越年祭の当番神官だから、朝までは私の世話をしてくれる。でも朝になったら終わりだ。次の当番神官に交代する。
私は急に焦りを感じ始めた。
ここで宰相たちと一晩過ごすのは嫌だ。ルカと一夜を過ごしたい。
「今日は朝まで付き合っていただきますぞ。これだけ美しい聖女様と話ができる機会はそうありませんからな。はっはっはっ」
「それは嬉しく思います……」
私は愛想笑いをした。
このままだと本当に夜明けまで付き合わされそう。
……どうしたらいいの?
「宰相様」
声がした。ルカだった。手にはお酒の容器を持っていた。
「こちら、なかなかに強いお酒です。いかがでしょうか?宰相様は酒豪と伺いました」
「おう。注げ」
宰相が言った。ルカは並々とお酒を注いだ。宰相は負けじと一気にあおった。あまりいい飲み方ではない。倒れるかもしれないですよ?
――数分後。
「うええ、もうだめだ」
宰相はそう言うと、その場で寝入ってしまった。
「そろそろ新年の宴を締めよう」
一部から声が上がった。
「先に行ってて。俺は宰相様に毛布を掛けてから帰る」
ルカが言った。
「分かった。待ってる」
私は挨拶もそこそこに、王宮の大広間から出た。来たときに乗った馬車をすぐに見つけた。
「帰ります。出してください」
「はい」
馬車が走り出した。




