EP 9
ポポロ村の小さな市場、大きな笑顔
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 三大国の兵隊さんたちも、旅の商人さんも! これが噂の『ポポロ村特産・高級ヘルシー太陽芋』やで!」
雲一つない青空の下、ポポロ村の広場に活気ある声が響き渡っていた。
急造の木組みの屋台に山積みになっているのは、先日キャルルや村の老人たちが収穫したばかりの『太陽芋』だ。
私が通販で取り寄せた黒いマルチシートと、ヒエンが打ち直した特殊合金の鍬。その近代農業の力は絶大だった。土壌改良剤のおかげで丸々と太った芋は、これまでの三倍近い収穫量を叩き出したのだ。
屋台の前に立つニャングルは、私が通販で取り寄せた『パリッとした藍色の前掛け』を締め、首から算盤を下げていた。
彼の前には、国境警備にあたっているルナミス帝国やレオンハート獣人王国の兵站担当将校たち、そして噂を聞きつけて立ち寄った行商人たちが人だかりを作っている。
「ただの芋やないで。見てみぃ、この小洒落た袋! 栄養満点、無農薬の証であるブランドシール付きや! ルナミス帝国の貴族のお嬢様方にも大流行間違いなしの逸品やで!」
「むむ……確かに、こんな美しい包装の芋は見たことがない。それに、この間の試食で出された焼き芋の甘さは異常だった」
「せやろ? 今なら大口契約で少し色つけたるわ。ルナミス軍は百袋買ってくれたけど、レオンハート軍はどうする? 兵隊さんの士気に関わるんちゃうか?」
ニャングルは、猫耳族特有の『神眼の動体視力』をフル稼働させていた。
相手の瞳孔の開き具合、微細な筋肉の強張りから「予算の上限」を完璧に見抜き、行動経済学の『バンドワゴン効果(他人が買っているから欲しくなる心理)』を突いて、巧みに購買意欲を煽っていく。
「ニャングル、すごい……。あんなにたくさんあった芋が、どんどん売れていくよ!」
広場の隅で、キャルルがウサギの耳をピンと立てて目を丸くしていた。
「ええ。あれが彼の本当の戦場よ。剣や魔法じゃなく、言葉と数字で村を豊かにする最強の戦士ね」
私は微笑みながら、ニャングルの生き生きとした姿を見つめた。
かつて「儲けの匂いがしない」と芋を放り投げていた臆病な猫耳商人は、もういない。今の彼は、村の特産品に誇りを持ち、村人たちの生活を背負って立つ立派な『財務担当』だ。
「カグヤはん! 第一陣、完売やで! まだまだ行けるわ!」
ニャングルがこちらを振り向き、これ以上ないほどの満面の笑みで親指を立てた。
その背後では、リバロンが静かにバインダーを開き、万年筆を走らせている。
「素晴らしい交渉術です、ニャングル。売上金は一セントの狂いもなく私が帳簿に記録し、村の予算として管理します。……中抜きなどという非効率な真似は、まさかしませんよね?」
「アホ言え! 自分の村の金に手ェつけるような三流ちゃうわ! ワテはこの村を大陸一の金持ち村にしたるんや!」
ニャングルとリバロン。相反する「カオスな商才」と「冷徹な法」が、ポポロ村という一つの目的のために完璧に噛み合っていた。
ピロリンッ! ピロピロピロリンッ!!
その時、私のポケットの中で『エンジェルすまーとふぉん』が、かつてないほど激しい通知音を鳴らした。
画面を見ると、目を疑うような数字が滝のように流れ込んできている。
『特大ポイントを獲得しました(地域産業の創出)』
『特大ポイントを獲得しました(迷える商人の開花)』
『大ポイントを獲得しました(共同体の自立支援)』
私は小さく息を吐いた。
目の前の一人を救うだけの対症療法ではなく、産業を作り、人が自立して生活を営める『経済の循環』を生み出したこと。それこそが、このシステムにおいて最も評価される最大の善行なのだ。
(これだけのポイントがあれば……村のインフラを根本から作り直せる。井戸のポンプに、水路の補強、それに……)
私は溢れ出る政策のアイデアに、静かな高揚感を覚えていた。
*
夕暮れ。
市場の大成功を祝い、広場では村人たちによるささやかな宴が開かれていた。
太陽芋の売り上げで得た外貨(金貨)が、村の老人たちに初めての『配当金』として配られたのだ。
「自分の育てた芋が、こんなに高く売れるなんて……カグヤ様、本当に、本当にありがとうございますじゃ……!」
しわくちゃの手で銀貨を握りしめ、老人たちが涙を流して喜んでいる。
「私にお礼は必要ありません。皆さんが毎日、一生懸命に土を耕してくれたからです。美味しいものを食べて、ゆっくり休んでくださいね」
私は一人ひとりの手を握り、ねぎらいの言葉をかけた。
誰かに施されるのではなく、自分たちの労働が正当に評価され、対価を得る。それがどれほど人の尊厳を回復させるか。霞が関で夢見た光景が、今、私の目の前にある。
「お疲れさん、カグヤ。ほら、今日の主役のご褒美だ」
背後から、ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。
振り返ると、ヒエンが木のお皿を手にして立っていた。
お皿に乗っているのは、蒸した熱々の太陽芋に、村で採れる岩塩と、シープピッグ(豚と羊の魔獣)からとれた濃厚な脂(バターの代用品)を乗せ、軽く肉椎茸の醤油を垂らした『じゃがバター風・太陽芋』だ。
「うわぁ……すごく美味しそう」
「アンタの知識とニャングルの口八丁、それにリバロンの管理。恐ろしい組み合わせだぜ。まさか、あの泥だらけの芋が三大国の軍隊を唸らせるブランド品に化けるとはな」
ヒエンは隣に腰を下ろし、私の顔を横から優しく見つめた。
朝倉月人くんに似た端正な顔立ちが、焚き火の光に照らされて赤く染まっている。
「私一人の力じゃないわ。あなたが打ち直してくれた鍬がなければ、そもそもこれだけの量は収穫できなかったもの。……ありがとう、ヒエン」
「俺は言われた通りに鉄を叩いただけさ。でも……そう言って笑ってくれるなら、いくらでもハンマーを振るってやるよ」
彼は少し照れたように視線を逸らし、首の後ろを掻いた。
その不器用な優しさに、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。
ホクホクの太陽芋を一口食べると、とろけるような甘さと塩気が絶妙に絡み合い、一日の疲れが吹き飛ぶようだった。
*
夜が更け、宴の熱気も静まった頃。
私は縁側に座り、自作の備前焼のぐい呑みに少しだけ果実酒を注いだ。
村の広場には、私がポイントで取り寄せたランタンの温かい灯りがいくつか灯っている。かつては夜になれば死んだように静まり返っていたこの村に、今は確かな生活の息吹と、穏やかな笑い声が満ちていた。
「今日も一人、輝けたわね。……いいえ、今日は村全体が輝いたわ」
私は夜空の月に向かって、静かにぐい呑みを掲げた。
誰も潰れない、誰も見捨てられない。それぞれが自分の得意な場所で輝き、夜にはこうして月を見上げて笑い合える。
私の理想とするユートピアの第一歩が、確かに踏み出されたのだ。
心地よい達成感と、果実酒の微かな酔いが、私の心と身体を優しく解きほぐしていく。
――しかし。
光が強くなれば、必ず濃い影が落ちる。
村に富が生まれ、潤い始めたという噂は、風に乗ってあっという間に外の世界へと広がっていた。
『……ほう。あの寂れた緩衝地帯のポポロ村が、上等な特産品で金貨を荒稼ぎしていると?』
『へへぇ。どうやら、妙な知恵回しの女と、商会を抜けた猫耳のニャングルが糸を引いているようでして』
『ならば、ちょうどいい。あの土地はそろそろ、我々ゴルド商会が”保護”してやる時期だ。強欲な魔獣コロシアムの建設予定地としてな』
月明かりの届かない深い森の向こうで。
成金趣味のスーツを着こなす巨大商会の悪徳支部長と、それを背後で操る炎上神ワイズの息がかかった偽勇者の影が、ポポロ村の豊かな富を喰い物にしようと、不気味な舌なめずりをしていた。
平和な村に迫る、理不尽な悪意の足音。
だが、今のポポロ村はもう、ただ怯えるだけの弱い村ではない。私は縁側の手すりに寄りかかり、満ちていく月を静かに見据えていた。
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