EP 7
猫耳商人の算盤と、未来の特産品計画
月明かりの下、算盤を弾きながらブツブツと何やら不平を漏らしている猫耳族の男がいた。
彼はポポロ村の広場に陣取り、手元の太陽芋を一つ持ち上げては、ため息をついている。
「あかんなぁ……。この芋、食うたら甘いんやけど、見た目が悪すぎて市場価値ゼロや。これやったら輸送費の方が高くつくわ。ボツ、これもボツ!」
男はガシャガシャと算盤を鳴らし、計算を繰り返している。彼こそが、ゴルド商会から派遣され、現在は村の財務を自称している猫耳商人のニャングルだった。
「あら、そんなに暗い顔をしないの。それは『太陽芋』というのよ。ただの芋じゃないわ」
私は、リバロンが作成した新しい帳簿を抱え、ニャングルの元へ歩み寄った。
ニャングルは私を見ると、露骨に耳をペタンと伏せ、怯えたように算盤を抱え込んだ。
「げっ、お役人はんか! あかん、今は手持ちの金貨はおまへん! これ以上、村の税金を上げるとか言うてへんよな?」
「そんなことは言わないわよ」
私は苦笑しつつ、彼の隣に腰を下ろした。
「あなたの言っていることは正しいわ。そのままの状態で市場に出しても、物流コストで利益は出ない。でも、それは『商品化』の仕方が悪いだけ」
「はぁ? なんやて? アンタ、この見た目もパッとせん芋のどこが商品になるって言うんや。ワテは猫耳族やで? 商売の匂いには敏感や。この芋からは『儲かる匂い』なんて微塵もしへんわ!」
彼は鼻をヒクつかせ、毛嫌いするように芋を放り出した。
猫耳族のその感覚は鋭い。けれど、鋭すぎて「現状」に固執し、目先の数字しか見ていない。私が霞が関で培ってきたのは、市場を変えるための「付加価値」の設計だ。
「いい? ニャングルさん。この芋は『見た目が悪いから安い』のではありません。『価値が知られていないから安い』のよ」
私はエンジェルすまーとふぉんを操作し、通販画面を開いた。ポイントを消費し、取り寄せたのは『可愛らしいロゴ入りのクラフト紙袋』と『ポポロ村ブランドシール』。そして、簡単な『野菜の栄養成分表示のスタンプ』だ。
地面に転がっていた泥だらけの太陽芋を一つ拾い上げ、布で軽く拭いてから、そのおしゃれな紙袋に入れる。最後に『ポポロ村・太陽の恵み』というロゴシールを丁寧に貼り付ける。
「見て。ただの泥芋が、一瞬で『ポポロ村特産・高級ヘルシー太陽芋』に変わったでしょう?」
ニャングルは目を見開き、紙袋に収まった芋をまじまじと観察した。
「……なんや、この袋。やけに小洒落とるな。……お! このラベル、妙に目を引くやんけ」
「これがブランド戦略よ。現代では、中身と同じくらい『パッケージ』がものを言うの。この芋の甘さと、安全性を証明するラベルを貼るだけで、価格は以前の五倍で売れるわ」
「五倍……?」
ニャングルの瞳孔がカッと開いた。算盤を置いた彼の指が、激しく動き始める。
「……物流コストを引いても、利益率が三割は跳ね上がる計算か? いや、これなら三大国の高級店に卸せる……!」
彼の商売人の目が、冷徹な利益計算マシーンへと切り替わる。
「カグヤはん! この袋、もっと早よ出せへんのか!? これならワテも本気出せる! ゴルド商会のあのアホ部長に一泡吹かせてやれるんや!」
算盤を弾く指の速度が倍になり、先ほどまでの臆病な姿は消えていた。
「商売は勢いや! まずはルナミス帝国の市場や、あそこなら甘いもんに目がない貴族のお嬢様が山ほどおる! このデザイン、めちゃくちゃ食いつくで!」
私は彼が輝き出したのを見て、小さく頷いた。
彼には元々、並外れた商才があった。けれど、それを発揮する「舞台」と「道具」がなかっただけだ。私の知識が、彼の閉じ込められていた才能の鍵を開けたのだ。
*
その日の夜。
村の広場には、ニャングルが早速調達してきた木材で組まれた、即席の市場が完成していた。
広場の中央では、ヒエンが調理したばかりの料理が並んでいる。太陽芋を練り込んだモチモチの団子に、肉椎茸の旨味たっぷりのソースをかけた一品だ。
「うわぁ……いい匂い! カグヤ、これ本当にニャンゴルの芋なの?」
キャルルが目を輝かせて団子を頬張り、ウサギの耳をパタパタと揺らしている。
「ええ。彼が素晴らしいビジネスモデルを組んでくれたおかげで、村の利益が格段に増えることになったのよ」
ニャングルは、算盤を片手に上機嫌で、村の老人たちに分配金の説明をしている。先ほどまで「儲けがない」と嘆いていた老人たちが、今は希望に満ちた顔で彼の話を聞いている。
そこに、ヒエンが大きな大皿を持ってやってきた。
「よっ、今日の特売は大成功だったらしいな。ニャングルも、カグヤも、お疲れさん」
彼は私の隣に腰を下ろし、熱々の焼きたて肉椎茸を差し出した。
「あ、ありがとう」
「アンタがロゴを考えたおかげで、村の連中も自信を取り戻したみたいだ。俺も、道具を直すのが楽しくて仕方ねぇよ。……やっぱりアンタは、人を輝かせる魔法使いだな」
ヒエンが少しだけ照れくさそうに笑う。
月光の下、彼の横顔は本当に朝倉月人くんに似ているけれど、それ以上に「今の私の隣にいるヒエン」として、かけがえのない存在に思えていた。
「魔法じゃないわ。……ただ、皆が持っていたポテンシャルを、少し整理しただけ」
私はぐい呑みに注いだ陽薬茶を一口飲み、夜空を見上げた。
村のあちこちから、笑い声が聞こえる。これまで絶望に沈んでいたこの場所が、今、確かな熱を持って動き出している。
ニャングルが経済を回し、リバロンが法を整え、キャルルが守り、ヒエンが暮らしを作る。
霞が関で夢見た「皆が輝く共同体」が、ポポロ村という小さな箱庭で、少しずつ、けれど確実に形になっていく。
(……でも、これで終わりじゃない)
私のスマホが、微かなバイブレーションで震えた。
画面には、村の外で不穏な動きを見せる「影」――村の土地を狙うゴルド商会の支部長と、ワイズに唆された一団が、夜道で何やら怪しげな企みを巡らせている様子が映し出されていた。
「これからは、この輝きを、誰にも奪わせないわ」
私は月の光を浴びながら、ぐい呑みを握る手に力を込めた。
明日には、彼らの不正を白日の下に晒すための、通販で取り寄せた『ある物資』が届く予定だ。
月は、暗闇を照らすためにある。
どんな悪意が村を狙おうとも、この光がある限り、私は皆を導き続けてみせる。
私は静かに、もう一口、陽薬茶を飲み干した。余韻は、ほんのりとした苦味と、未来への確かな希望の味だった。
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