EP 15
推し似の彼と月見酒、そして未来へ
夜が更けても、ポポロ村の収穫祭の熱気は冷める気配を見せなかった。
私が『エンジェルすまーとふぉん』で取り寄せたLEDストリングライトの温かな光の下で、村人たちが手を取り合い、音楽に合わせてステップを踏んでいる。
「カグヤ! ほら、カグヤも一緒に踊ろうよ!」
両手に大きな肉串を持ったキャルルが、満面の笑みで私のもとへ駆け寄ってきた。
「ふふっ、私はいいわ。それよりキャルル、少し食べすぎじゃない? さっきからずっと口が動いているけれど」
「えへへ、だって美味しいんだもん! それに、いくら食べても満月の光を浴びれば太らないしね!」
ウサギの耳をピンと立てて誇らしげに胸を張る彼女を見て、私は思わず吹き出した。
数日前、血を吐きながら「自分がやらなきゃ」と泣いていた少女の姿はもうない。
彼女は今、自分の命を削ることなく、ただ純粋にこの村の『心臓』として、皆に愛されながら祭りを心から楽しんでいる。
「カグヤのおかげだよ」
不意に、キャルルが肉串を持ったまま、ぎゅっと私に抱きついてきた。
「わたしに、帰る場所をくれてありがとう。……もう、絶対に一人で無茶したりしないから」
「ええ。あなたは村の太陽なんだから、夜はしっかり休まなくちゃ駄目よ」
私は彼女の背中を優しく撫でた。太陽のように明るい彼女の温もりが、私の心にまで伝わってくるようだった。
広場の片隅に目をやれば、ニャングルが算盤を抱きしめながら、山のような硬貨の前で嬉し泣きをしている。その横で、リバロンが「はしたないですよ、財務担当」と呆れながらも、彼自身もどこか誇らしげに片眼鏡を光らせていた。
不器用な天才たちが、それぞれの場所で、最高の輝きを放っている。
私が霞が関で夢見た『誰も潰れない、皆が笑い合える共同体』が、確かにここにあった。
「……さて」
私は皆の笑顔をしっかりと目に焼き付けると、喧騒から少しだけ離れるため、一人で静かに広場を抜け出した。
向かった先は、村の空き家を改修して作った簡易診療所の縁側だ。
ここからなら、村の賑わいを遠くに感じながら、夜空を独り占めできる。
私は懐から、前世からずっと大切にしてきた自作の『備前焼のぐい呑み』を取り出した。アバロン魔皇国から流れてきたという果実酒を注ぎ、ふう、と小さく息を吐く。
「やっぱり、抜け出してきたか」
背後から、心地よい足音が近づいてきた。
振り返ると、ヒエンが木のお盆を手にして立っていた。
「ヒエン。料理の提供はもう終わったの?」
「ああ。村の連中の胃袋は、もうはち切れんばかりに満たしてやったさ。……だが、裏方でずっと気を張ってた『村の頭脳』の胃袋は、まだ空っぽのままだろ?」
ヒエンは私の隣に腰を下ろし、お盆を縁側に置いた。
そこに乗っていたのは、薄くスライスしたシープピッグの燻製肉と、太陽芋のペーストをクラッカーに乗せた、お酒のお供にぴったりの美しいオードブルだった。
「アンタの持ってる果実酒に合うように、少しだけ塩気を効かせてある。食べてみな」
私が燻製肉を乗せたクラッカーを一口かじると、スモーキーな香りと太陽芋の濃厚な甘さが絶妙に絡み合い、口の中に広がった。
「……美味しい。果実酒の酸味と、すごく合うわ」
「だろ? 頭を使った後は、美味いもんと酒でリセットするのが一番だ」
ヒエンが夜空を見上げながら、自分も一口食べる。
月の光に照らされた彼の横顔は、私が前世で心の支えにしていたアイドル・朝倉月人くんに瓜二つだ。けれど、私の隣に座り、私のために極上の夜食を作ってくれるこの青年の存在は、遠い画面越しのアイドルよりも、ずっと確かな熱を持って私の胸を打つ。
完全に、胃袋も、心も掴まれていた。
「この村、これからもっと大きくなるぜ」
ヒエンが、ふと真面目な声色になって言った。
「ゴルド商会を無傷で追い返し、魔力嵐を乗り越えて豊作を迎えた。この奇跡みたいな話は、すぐに行商人たちの口に乗って大陸中に広がるだろうな」
「……ええ。分かっているわ」
私はぐい呑みを両手で包み込んだ。
豊かな土地には、必ず人が集まる。
噂を聞きつけて、三大国から逃げてきた難民や、新たな才能を持ったはぐれ者たちが、このポポロ村を目指してやってくるだろう。村は町になり、やがては一つの『国家』としての機能を求められるようになる。
「怖くないのか? アンタはただの村人から、国を背負う存在になっちまうかもしれないんだぜ」
心配そうに覗き込んでくるヒエンに、私は静かに首を横に振った。
「怖くないわ。だって、私にはあなたたちがいるもの」
私は夜空に浮かぶ、美しい満月を見上げた。
「霞が関にいた頃、私は巨大な暗闇の中で、無理をして燃え尽きる人たちを救えなかった。……でも、ここでは違う。キャルルがいて、リバロンがいて、ニャングルがいて、あなたがいてくれる。私は、みんなが放つ光を反射して、足元を照らす月になればいいだけだもの」
月は迷わない。
暗闇の中で怯える人がいれば、ただ静かに天に昇り、道標となる光を落とすだけだ。
「……アンタって人は、本当に」
ヒエンは呆れたように小さく笑うと、大きな手で私の頭を優しく撫でた。
「分かったよ。アンタがこの場所を誰の犠牲もない国にするって言うなら、俺の炎は、ずっとアンタの夢を守るために燃やし続けてやる」
ヒエンの力強い言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は微笑み返し、手元のぐい呑みを夜空の月へと高く掲げた。
「今日も一人、輝けたわ」
呟いた言葉は、誰に宛てたものでもない、私自身への静かな労いだった。
果実酒を飲み干すと、心地よい酔いと達成感が、身体の隅々まで染み渡っていく。
推しにそっくりな彼の手料理を味わいながら、村の笑い声を遠くに聞き、月を見上げる。これ以上の幸せな夜は、きっとどこにもないだろう。
――しかし、ヒエンの予想は残酷なほどに的中していた。
ポポロ村の祝宴が続く同じ夜。
遠く離れたルナミス帝国の帝都、その薄暗い路地裏で。
あるいは、アバロン魔皇国の厳しい監査に追われた文官の部屋で。
そして、レオンハート獣人王国の冷たい牢獄の中で。
『聞いたか。国境の緩衝地帯にあるポポロ村の噂を』
『ああ。そこには、どんなはぐれ者でも居場所を与えられ、才能を開花させてくれる「月の女神」がいるらしい』
『ゴルド商会すら手出しできない、完璧な独立国家……俺たちの、最後の希望だ』
生きる場所を失い、絶望の淵に立たされた者たちが、同じ夜空の月を見上げていた。
彼らの眼差しは、ただ一つの光――ポポロ村へと向けられている。
新たな迷える才と、さらなる巨大な試練が、この村に集いつつあることを、私たちはまだ知らない。
けれど、どんな嵐が来ようとも、もう揺らぐことはない。
ここは私の居場所であり、皆が輝くための、ただ一つのユートピアなのだから。
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