EP 14
皆が輝く場所、ポポロ村の宴
魔力嵐の脅威が去り、完璧な朝陽がポポロ村を包み込んでいた。
分厚い農業用強化ビニールシートを取り払うと、そこには霜一つ降りていない、青々と茂る太陽芋の葉が広がっていた。村人たちが鍬を入れ、土の中から丸々と太った黄金色の芋を掘り出すたびに、畑のあちこちから歓声が上がる。
「カグヤ! 見て見て、わたしの顔より大きいよ!」
泥だらけになったキャルルが、巨大な太陽芋を掲げて満面の笑みで駆け寄ってきた。
「ふふっ、本当に立派な芋ね。キャルルが一晩中、風を回してくれたおかげよ」
「ヒエンの火と、リバロンの指示と、カグヤの道具があったからだよ。……わたし、一人じゃ何も守れなかった。みんなで守ったんだね」
キャルルは太陽芋を抱きしめながら、嬉しそうにウサギの耳をパタパタと揺らした。
かつて「自分がやらなきゃ見捨てられる」と孤独に血を吐いていた少女の顔は、もうどこにもない。彼女は今、仲間を信じ、共に立ち向かうことの喜びを心の底から噛み締めていた。
その日の夕暮れ。
ポポロ村の広場は、これまでにない規模の熱気と賑わいに包まれていた。
嵐を乗り越えた奇跡の収穫を祝う『収穫祭』の始まりだ。
私は、昨日までの激闘で得たポイントを使い、現代の『LEDストリングライト(暖色系)』をいくつか取り寄せていた。それを広場を囲む木々や屋台の骨組みに飾り付けると、村全体がまるで星屑を散りばめたような、幻想的で温かな光に包まれた。
「さあさあ! 嵐を耐え抜いた『奇跡の太陽芋』やで! 縁起モンや! 三大国の兵隊さんたちも、この芋食うて厄落とししていきやー!」
屋台の最前列では、ニャングルが算盤を片手に声を張り上げている。
嵐が去った後、安否確認と物資調達のために立ち寄った近隣の行商人や駐留軍の兵士たちを相手に、彼は見事な商魂を見せつけていた。ただの芋ではなく「魔力嵐を生き延びた奇跡の芋」という新たな付加価値を乗せることで、価格をさらに引き上げているのだ。
「まいどあり! リバロンはん、こっちの売上金回収頼むわ!」
「ええ。一セントの計算漏れも許しませんよ」
ニャングルの背後では、リバロンが燕尾服の袖を少しだけ捲り上げ、完璧な所作で金庫の管理と、村人への食事の配給を取り仕切っている。
「列を乱さないように。子供たちには、火の通った柔らかいものを多めに取り分けてください。秩序こそが豊かさの土台です」
口調こそ厳しいが、彼の足元には村の子供たちが数人まとわりつき、「執事のおじちゃん、お芋ちょうだい!」と無邪気に笑いかけている。リバロンは「私は宰相です」とため息をつきながらも、決して子供たちを邪険にせず、綺麗に切り分けた芋を一人ひとりに手渡していた。
法と秩序。それは弱者を縛るものではなく、弱者を守るための最強の盾なのだと、彼自身が行動で示している。
「カグヤ! こっちこっち!」
キャルルに手を引かれ、私は広場の中央へと進み出た。
そこでは、村の老人たちが若者たちに混ざり、手拍子をして楽しげに歌を歌っている。
「カグヤ様! さあ、カグヤ様も一杯!」
村の老人が、木製のジョッキになみなみと注がれた果実酒を差し出してくれた。
「ありがとうございます。でも、私は裏方ですから――」
「裏方なんて言わせないよ! カグヤが一番の立役者なんだから!」
キャルルが私の背中をドンと押し、私は村人たちの輪の真ん中へと押し出された。
途端に、割れんばかりの拍手と歓声が私を包み込む。
「カグヤ様、本当にありがとう!」
「あんたのおかげで、わしらの村は生き返ったんじゃ!」
誰もが、満面の笑みで私に向かってグラスを掲げている。
私は、その光景を見渡しながら、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じていた。
霞が関での激務の日々。どれだけ完璧な法案を作っても、数字の上でしか結果を見ることができず、人の笑顔を直接見ることは叶わなかった。
けれど今、私の目の前には、確かに血の通った人々の喜びがある。
不器用で、孤独で、けれど圧倒的な才能を持っていた天才たち。
彼らを見下すことなく、正論で縛ることもなく、ただ彼らが一番輝ける場所を用意した。
ニャングルが経済を回し、リバロンが法で守り、キャルルが笑顔で皆を繋ぎ、ヒエンが――。
「――おーい、主役。ぼーっとしてると、美味いもんが全部なくなっちまうぞ」
ふわりと、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。
輪から少し外れた静かな場所で、ヒエンが私に手招きをしている。
私は村人たちに軽く頭を下げ、彼の元へと歩み寄った。
「お疲れ様、ヒエン。今日の料理も、大盛況ね」
「ああ。だが、これだけは誰にも渡さずに残しておいた特製だ」
ヒエンが手渡してくれた木のお皿には、丁寧に裏ごしされた太陽芋と、肉椎茸の濃厚なソース、それにハーブを散らした、まるで高級フレンチのような美しい一皿が乗っていた。
彼が私のために、一番良い食材を選んで作ってくれたのだと、一目で分かった。
「……ありがとう」
一口食べると、とろけるような甘さと深い旨味が、一晩中張り詰めていた私の神経を優しく解きほぐしていく。あまりの美味しさと温かさに、思わずふっと息が漏れた。
「どうだ? 美味いか」
「ええ。涙が出るくらい」
私が素直に答えると、ヒエンは優しく目を細め、夜空を見上げた。
「アンタがこの村に来てから、すべてが変わった。……キャルルも、リバロンも、ニャングルも、そして俺もだ」
ヒエンの横顔は、私が前世で心の支えにしていたアイドル・朝倉月人くんに似ているけれど、今はもう、アイドルの面影を重ねてなどいなかった。
真っ直ぐで、温かくて、頼りになる。一人の青年としての『ヒエン』が、私の心の中にしっかりと根を下ろしている。
「俺は、窮屈な城を抜け出して、ただ本当の暮らしを知りたかっただけだ。でも、アンタが作るこの村を見て、初めて『守りたい』って本気で思えた」
彼は私に向き直り、その真っ直ぐな瞳で私の目を見つめた。
「アンタは、ただの村人じゃない。このポポロ村を一つの『国』としてまとめ上げる、最高のリーダーだ。……俺は、アンタが作る未来を、ずっと隣で見ていたい」
ドクン、と。
心臓が、これまでで一番大きな音を立てて跳ねた。
それは明確な、彼からの好意の提示だった。
「ヒエン……」
「返事は急がねぇよ。アンタは不器用なくせに、抱え込みすぎるからな。……今はただ、この宴と、美味い飯を楽しんでくれ」
彼はそう言って、私の頭を大きな手でポンと撫でた。
照れ隠しのように屋台の方へ戻っていく彼の背中を見送りながら、私は熱くなった頬を両手でそっと押さえた。
恋愛なんて、霞が関にいた頃からすっかり縁遠くなっていた感情だ。けれど、彼のその温かい言葉は、私が作ろうとしているこの村の居心地の良さを、何倍にも膨らませてくれる。
私は、ヒエンの作ってくれた絶品の一皿を味わいながら、LEDライトに照らされて光り輝く広場を再び見渡した。
誰もが笑い、誰もが輝いている。
ここはもう、ただの寂れた緩衝地帯ではない。
私が、私たちが作った、最強のユートピア。
私は広場の喧騒から少しだけ離れた縁側に腰を下ろし、そっと、自作の備前焼のぐい呑みを取り出した。
夜空には、昨夜の嵐が嘘のように澄み切った空に、美しい月がぽっかりと浮かんでいる。
祭りの夜は、まだ始まったばかりだ。
この温かな余韻に浸りながら、私は静かな達成感と共に、月を見上げて微笑んだ。
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