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霞が関の月と呼ばれた女の辺境再生録 〜善行通販と政策知識で村を豊かにしたら、推し似の料理男子(皇太子)に胃袋を掴まれました〜  作者: 月神世一


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12/18

EP 12

 初めての収穫祭と、突然の嵐

 ゴルド商会の悪徳支部長を退けてから数日後。

 ポポロ村は、かつてないほどの活気と浮き立つような熱気に包まれていた。

「よーし! 飾り付け、もっと高いところにも張っちゃうよ!」

 キャルルが軽やかなステップで屋根から屋根へと跳び移り、色鮮やかな布のガーランドを飾り付けていく。満月のハイ状態ではない平常時でも、彼女の身体能力は人間離れしていて頼もしい。

 明日は、ポポロ村の再生を祝う初めての『収穫祭』だ。

 太陽芋の豊作と、それを元手にした村の経済的自立を祝い、村人全員で美味しいものを食べて労い合う。私が霞が関で学んだコミュニティデザインにおいて、こうした『共同体のハレの日(祭り)』は、人々の帰属意識と絆を決定的に強める重要な儀式だった。

「カグヤはん! 明日の屋台で売る予定の太陽芋の仕込み、バッチリ終わっとるで。近隣の行商人たちにも声をかけといたから、明日はごっつい金貨が落ちるはずや!」

 ニャングルが算盤そろばんを磨きながら、鼻息を荒くして報告してくる。

「ありがとう、ニャングル。でも、明日は売り上げよりも、まずは村の皆が楽しむことを優先してね」

「分かっとるって! ワテも明日は、旨いもん腹いっぱい食うつもりや!」

 広場の中央では、ヒエンが巨大な鍋をいくつも並べ、明日のための仕込みに追われていた。

 肉椎茸から取った濃厚な出汁の香りと、甘いタレに漬け込まれたシープピッグの肉の匂いが、風に乗って村中に漂い、胃袋を容赦なく刺激してくる。

「味見してみるか、カグヤ」

 ヒエンが木杓子で掬ったスープを、ふーふーと冷ましてから私の口元に運んでくれた。

 少しドキリとしながら一口飲むと、野菜の甘みと肉のコクが完璧に溶け合った、思わずため息が出るほどの美味しさだった。

「……んんっ、最高ね。明日が待ちきれないわ」

「アンタにそう言ってもらえるのが、一番嬉しいぜ」

 煤で少し汚れた顔でニカッと笑うヒエン。その隣で、リバロンがストップウォッチのように懐中時計を見つめながら、祭りの進行スケジュールを秒単位で確認している。

 誰もが自分の役割を持ち、生き生きと輝いている。

 村の広場を見渡しながら、私は深い満足感を覚えていた。

 しかし――その平穏は、まるで舞台の幕が強制的に下ろされるかのように、唐突に破られた。

 ヒュゥゥゥゥッ……。

 不気味な風切り音が鳴ったかと思うと、先ほどまで抜けるように青かった空が、まるで墨汁をこぼしたかのように急速にどす黒く染まり始めたのだ。

「……え?」

 急激に気温が低下し、吐く息が白く染まる。夏に近い季節のはずなのに、まるで真冬のような刺すような冷気が肌を刺した。

「カグヤ様! あれをご覧ください!」

 リバロンが懐中時計をしまい、鋭い声で北の空を指差した。

 そこには、渦を巻く巨大な漆黒の雲が、凄まじい速度でポポロ村へと迫ってきていた。雲の中では紫色の稲妻が走り、ゴロゴロと不気味な地鳴りを響かせている。

「なんやあれ!? ただの嵐とちゃうで!」

 ニャングルが耳を伏せて震え上がる。

「……『魔力嵐マジック・ストーム』だ」

 ヒエンが鍋の火を消し、険しい顔で空を睨みつけた。

「三大国が国境付近で強力な魔法兵器を乱発したせいで、大気中のマナが暴走して発生する局地的な異常気象だ。……まずいぞ。ただの暴風雨じゃない。猛烈な冷気と氷のつぶてが降ってくる!」

 ヒエンの言葉に、広場にいた村人たちが悲鳴を上げた。

「そ、そんな……! 明日は祭りなんじゃぞ!」

「畑はどうなる!? まだ収穫しきれてない太陽芋や野菜が、氷に打たれて凍っちまう!」

 村の老人たちが絶望に顔を覆う。

 農業経済の専門家である私には、この状況の致命さが痛いほど分かった。

 成長途中の作物が急激な冷気と氷に晒されれば、細胞が破壊されて全滅する。それは明日の祭りが台無しになるだけでなく、冬を越すための食料と、村の経済の命綱である『特産品』をすべて失うことを意味していた。

「わたしがやる! あの雲、空に跳んで全部蹴り散らしてくる!」

 キャルルがダブルトンファーを抜き放ち、屈伸運動を始めた。

「駄目よ、キャルル!」

 私は彼女の手を強く引いて止めた。

「相手は自然現象よ。あなたの流星脚で雲の一部を吹き飛ばせても、嵐全体を止めることはできない。無駄に体力を消費して、あなたが空から墜落したらどうするの!」

「でも、このままじゃ畑が……! みんなの希望がなくなっちゃうよ!」

 キャルルが泣きそうな声で訴える。

 絶望的な空気が、村を包み込もうとしていた。ゴルド商会の理不尽な暴力は退けられても、大自然の猛威の前には、人間は無力なのか。

 ――否。

「諦めないで。自然の猛威から命と作物を守るために、人間の『農業』は発展してきたのよ」

 私は一歩前に出ると、ポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。

 画面を開くと、これまでの村おこしと悪徳商会の撃退で得た『特大ポイント』が、かつてない桁数で貯まっている。

 私は一切の躊躇なく、そのポイントのほぼすべてをカートに突っ込んだ。

「リバロン! 村の男たちと動ける老人を集めて、畑に直行してちょうだい! ニャングルは村の女の人たちを指揮して、広場の料理や資材を安全な屋内へ退避! キャルルとヒエンは私についてきて!」

「承知いたしました。すぐに人員を配置します」

「わ、分かったでカグヤはん!」

 私の迷いのない号令に、パニックに陥りかけていた天才たちが瞬時に冷静さを取り戻し、自身の役割を全うすべく走り出す。

 私はスマホの『注文確定』ボタンを強くタップした。

 ぽんっ! ぽぽんっ! ドサァァァァッ!!

 村の広場に、かつてない規模で現代物資がドロップされた。

 山のように積まれたのは、極厚の『農業用強化ビニールシート』、骨組みとなる『頑丈な鉄パイプ』数十本。そして、それらを固定するための『耐候性ロープ』と『留め具』のセットだ。

「カグヤ、こりゃなんだ!?」

 鉄パイプの山を見たヒエンが驚きの声を上げる。

「『ビニールハウス(温室)』の材料よ! 氷の礫と冷気から作物を守るための、最強の盾を作るの!」

 私は図面代わりの方眼ノートのページを破り、ヒエンとキャルルに見せた。

「キャルル! あなたの怪力で、この鉄パイプを畑の畝をまたぐように、等間隔で地面に深く突き刺してちょうだい! ヒエンは骨組みの接続と、シートを被せるのを手伝って!」

「任せて! そういう力仕事なら、わたしの得意分野だよ!」

 キャルルが鉄パイプを数本まとめて軽々と担ぎ上げ、マッハの脚力で畑へと疾走する。

 ズガン! ズガン! ズガン!

 彼女が体重をかけてパイプを地面に突き立てるたび、強固な基礎が恐ろしいスピードで完成していく。通常なら何台もの重機と数日を要する骨組み工事が、彼女の怪力により、わずか数十分で組み上がっていく。

「おいおい、バケモノかあのウサギは……。よし、俺も負けてられねぇな!」

 ヒエンがシートのロールを抱え、私と一緒に骨組みの上へと被せていく。

 そこへ、リバロンが率いる村人たちが駆けつけてきた。

「カグヤ様、人員をお連れしました! 指示を!」

「リバロン! ロープと留め具を使って、シートが風で飛ばされないようにパイプに固定して! 結び方はこれを真似して!」

「承知しました。皆様、私の動きに合わせて正確に結び目を作ってください。非効率な動きは命取りです!」

 リバロンの完璧な指揮の下、村人たちが一丸となって巨大なビニールハウスを形作っていく。

 上空では、氷の混じった冷たい突風が吹き始め、暗雲が今にも空を押し潰そうとしていた。

 指先が凍えるほどの寒さの中、誰もが自分の役割に必死に食らいついている。

「急いで! もうすぐ嵐の本体が来るわ!」

 私が叫んだ直後。

 バチバチバチッ!! と、耳を劈くような音を立てて、空から親指ほどの大きさの鋭い氷のつぶてが、猛烈な暴風と共に降り注いできた。

「間に合った……!」

 完成したばかりの極厚ビニールハウスの表面に、氷の礫が激しく打ち付けられる。しかし、現代技術の粋を集めた農業用強化シートは、その物理的衝撃と冷気を完全に弾き返し、内部の太陽芋たちを優しく守り抜いていた。

 村人たちと一緒にハウスの内側に避難した私は、頭上で鳴り響く激しい氷の音を聞きながら、大きく息を吐き出した。

「なんとか、外の衝撃は防げるわ。でも……」

 私はハウス内の温度計――これも通販で取り寄せたものだ――を見て、顔をしかめた。

 物理的な氷は防げても、魔法による『異常な冷気』までは完全に遮断しきれていない。室内の温度が、作物の細胞が壊死する氷点下へと、急激に下がり始めていたのだ。

「まずいぜ、カグヤ。この寒さじゃ、結局芋が凍っちまう」

 ヒエンが白い息を吐きながら、険しい顔で呟く。

「……ええ。だから、ここからはあなたの出番よ、ヒエン」

 私は彼を見つめ、真っ直ぐに頷いた。

 外の世界は、月さえも見えない漆黒の嵐に包まれている。

 けれど、どんな暗闇の中であっても、私が見出した彼らの光は決して消えない。

 明日の収穫祭の笑顔を守るため、ポポロ村の運命を懸けた最も熱く、静かな戦いの夜が、今、始まろうとしていた。

お読みいただきありがとうございます!


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