EP 11
最強の村人たちによる、鮮やかなる反撃
翌日の正午。ポポロ村の広場には、重苦しい緊張が張り詰めていた。
宣言通り、ゴルド商会の東部支部長ドンズが、数十人の武装した傭兵たちを引き連れて再び乗り込んできたのだ。
「さあ、約束の時間だ。金貨五百枚を用意できたか? なければ、ただちにこの土地から立ち退いてもらうぞ。今すぐ魔獣コロシアムの建設部隊を入れるからな!」
ドンズが下品な葉巻をくわえながら、威圧的に言い放つ。
村の老人たちが恐怖に身を寄せ合う中、私はリバロン、ニャングル、キャルル、そしてヒエンを引き連れて、彼らの前に静かに進み出た。
「お答えします。金貨五百枚は支払いません。そして、立ち退きにも応じません」
私が毅然と告げると、ドンズは鼻で笑った。
「はっ! ならば合法的な強制執行を行うまでだ。おい、やれ!」
「お待ちください」
リバロンが一歩前に出て、白手袋の手で片眼鏡を押し上げた。
「あなたの提示した借用書ですが、村の帳簿と照らし合わせた結果、使用されているインクの成分と羊皮紙の年代が、前村長が失踪した時期と明白に矛盾しています。さらに、公証人の印章には微細な『ズレ』が生じており、粗悪な魔導複製機を用いた偽造であることは法的見地から明らかです」
リバロンの冷徹な指摘に、ドンズの顔が微かに引き攣った。しかし、彼はすぐに余裕の笑みを取り戻す。
「ふん、人狼の田舎執事が何を吠えようが、証拠にはならん。三大国の軍隊が、お前たちのような貧民の言い分を信じると思うか?」
「ええ。ですから、誰が聞いても真実だと分かる『証拠』をご用意しました」
私は、ポケットから黒い小さな箱を取り出した。
私が大ポイントを消費して現代から取り寄せた、『高音質の小型ICレコーダー』と、ヒエンに木製の外装を作ってもらった『ブルートゥース・スピーカー』だ。
「ヒエン、昨日お願いした通りに」
「ああ、バッチリだぜ」
昨日の夜、私はヒエンの隠密能力と飛行能力を頼り、村の外れで野営していたドンズたちのテントに、この小さな録音機を仕掛けてもらっていたのだ。
私がスマホの再生ボタンをタップすると、広場に設置した木箱から、信じられないほどクリアな大音声が響き渡った。
『ヒャハハハ! あんな下手くそな偽造契約書でも、軍の介入をチラつかせれば田舎者など一発よ。ポポロ村の奴らを追い出したら、あの土地をアバロン魔皇国に高値で売り飛ばしてやる』
『さすがドンズ様! 本部の監査の目をごまかす手腕、痺れますぜ!』
ドンズ自身のゲスな笑い声と自白が、一切のノイズなく、村中に響き渡る。
「なっ……!? なんだその魔導具は! お、俺の声……!?」
ドンズは顔面を蒼白にし、葉巻をぽろりと地面に落とした。
「さらに追撃やで、支部長はん」
今度は、算盤を弾きながらニャングルがニヤリと笑みを作った。
「その『非常にクリアな自白の音声』、ワテのコネを使って、ゴルド商会の本部と、三大国の監視委員会に『魔導通信』でたった今、一斉送信させてもろたわ。……今頃、本部の監査部がアンタの裏帳簿をひっくり返して大騒ぎしとる頃やろなぁ」
「な、なんだとぉぉっ!?」
ドンズの足がガクガクと震え始めた。
ゴルド商会は利益に貪欲だが、商売の『信用』を何よりも重んじる。支部長の独断による不正な土地の乗っ取りなど、本部が知れば即座に破滅だ。
「き、きさまらぁ……ッ! こうなったら力尽くで皆殺しにし、証拠を隠滅しろ!!」
追い詰められたドンズが、泡を食って傭兵たちに命令を下す。
数十人の男たちが、剣や槍を抜き放ち、一斉にこちらへ襲いかかろうとした。
「――あんたたち、ウチのカグヤに指一本でも触れてみろ。生きて帰さないよ」
ドンッ!!
キャルルが地面を軽く踏み抜いた。ただそれだけで、足元の固い岩盤がクレーターのように陥没し、凄まじい衝撃波が傭兵たちを襲う。
「ひぃっ!?」「な、なんだこのガキの脚力は……!?」
「わたしはキャルル・ムーンハート! このポポロ村の村長だ! これ以上進むなら、全員まとめて流れ星にしてやる!」
ダブルトンファーを構え、ウサギの耳を逆立てるキャルルの圧倒的な闘気の前に、傭兵たちは完全に戦意を喪失し、後ずさりした。
さらに、彼らの手にした鋼鉄の剣が、突如として赤熱し始めた。
「あっちぃぃぃっ!?」
傭兵たちがたまらず武器を投げ捨てる。
見れば、ヒエンが指先に『フレイムバレット』の小さな炎を灯し、涼しい顔で傭兵たちの武器だけをピンポイントで熱し、溶かし落としていたのだ。
「悪いな。俺の鍛冶の火は、不当な暴力のために使われる鉄を許さねぇんだ。……火傷したくなきゃ、大人しく引き返しな」
月人くんに似た端正な顔で放たれる凄絶な威圧感に、傭兵たちは完全に尻餅をついた。
法、経済、知略、そして圧倒的な武力。
村の全員の才能が完璧に噛み合い、理不尽な暴力を完全に封じ込めた瞬間だった。
「……ドンズ支部長」
私は静かに歩み寄り、へたり込んでいるドンズを見下ろした。決して彼を侮蔑するわけではなく、ただ事実として告げる。
「あなた方に、法的な正当性も、この村を制圧する力もありません。お引き取りを。そして、二度とこのポポロ村には関わらないでください」
ドンズは恐怖と絶望に顔を歪め、「ひ、ひぃぃぃっ!」と悲鳴を上げながら、転がるように馬車へと逃げ帰った。傭兵たちも我先にとその後を追う。
土埃を上げて逃げ去っていく馬車を見送り、村に静寂が戻った。
「「「うおおおおぉぉぉぉっ!!」」」
数秒後、広場は村人たちの割れんばかりの歓声に包まれた。
「やった、やったぞ! あのゴルド商会を追い返した!」
「村長! カグヤ様! リバロン様にニャングル様、ヒエン様も! 村を救ってくれてありがとう!」
老人たちが涙を流して抱き合い、喜びを爆発させている。
「カグヤ! やったね!!」
キャルルが勢いよく私に飛びついてきた。私はよろけながらも、彼女の小さな身体をしっかりと抱きとめる。
「ええ。皆の力が合わさったおかげよ」
「カグヤはんのあの妙な道具、恐ろしい威力やで。情報戦で勝つとは、えげつないけど最高や!」
ニャングルが算盤を鳴らして笑い、リバロンもまた、満足げに片眼鏡を光らせて頷いていた。
*
その夜。村全体が勝利の熱気に包まれる中、私はいつものように診療所の縁側で、自作の備前焼のぐい呑みを傾けていた。
「見事な采配だったな、カグヤ」
ヒエンが、肉椎茸と太陽芋を香ばしく炒めた夜食を差し出しながら、私の隣に腰を下ろす。
「ありがとう。ヒエンが録音機を仕掛けてくれたおかげよ。……それに、剣を溶かしてくれたのも。誰も傷つけずに退けることができたわ」
「アンタが、血を見るのを好まないって分かってるからな」
彼は優しい声でそう言うと、私の手元にあるスピーカーを不思議そうに見つめた。
「それにしても、この『声を残す道具』には驚いたぜ。アンタの知識は、まるで未来から来たみたいだ」
ヒエンの言葉に、私は少しだけ苦笑した。
私の知識も道具も、すべては前世の地球という場所の借り物だ。けれど、それを使ってこの村の人々を笑顔にできるなら、私はそのすべてを捧げようと思う。
「私はただの、霞が関の元・役人よ。でも、これからは……この村の皆の、月になりたいの」
夜空を見上げると、昨日よりも少しだけ欠けた、それでも変わらず美しい月が輝いていた。
ぐい呑みの酒と、ヒエンの温かい料理が、戦いを終えた安堵と共に五臓六腑に染み渡っていく。
「月、か。……アンタらしいな」
ヒエンは私の横顔をじっと見つめ、小さく笑った。その瞳の熱に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
理不尽な外敵を退け、村の絆はより強固なものになった。
数日後には、村の再生を祝う初めての『収穫祭』が控えている。
しかし――この時の私たちはまだ気づいていなかった。人間の悪意を退けた後に、今度は自然が牙を剥こうとしていることに。
遠くの山肌に、不自然なほど分厚い漆黒の雨雲が、静かに、だが確実にポポロ村へと向かって忍び寄っていた。
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