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第二章④

翌日から、私は男爵に対する「処刑」の準備を徹底的に進めた。


物理的な暗殺などという生ぬるい真似はしない。彼が最も依存している「金と社会的地位」を完膚なきまでに破壊するのだ。


「ノア。シンジケートの裏資金の三割を動かすわ。ギルス男爵が投資している南方の香辛料株を、全力で空売りして」


「三割!? いくらなんでもリスクが高すぎる! それに男爵の株は今、右肩上がりだぞ!」


「上がるのなら、落とせばいい。海賊に賄賂を渡して、男爵の船団の航路に『噂』を流しなさい。それと、市中の高利貸しが持っている男爵の借用書プロミサリー・ノートを、額面より高くてもいいから全て買い集めて」


私の冷酷な指示に、ノアは息を呑んだが、すぐに頷いて走り出した。


数週間後。


ギルス男爵は再びオズワルド(と私)を呼び出した。


しかし、その顔は数週間前の傲慢な態度は消え失せ、死人のように青ざめていた。


「た、頼むオズワルド氏! 資金を融通してくれ! 船団が海賊に襲撃されたという噂で株価が暴落し、追証おいしょうが払えない! その上、なぜか街中の債権者が一斉に借金の返済を迫ってきているんだ!」


「それはお困りでしょう、男爵閣下」


オズワルドの背後から、私は静かに歩み出た。そして、革の鞄から分厚い書類の束を取り出し、テーブルに放り投げた。


「な、なんだお前は……ただの小娘が……その書類は!?」


「あなたの借用書です、閣下。総額で金貨五万枚。すべて、私たちのシンジケートが買い取らせていただきました。……本日ただいまをもって、一括での即時返済を求めます」


男爵は腰を抜かし、椅子から崩れ落ちた。


「ば、ばかな! そんな大金、今すぐ払えるわけがない! 屋敷も領地も、全て担保に入っているんだぞ!」


「存じております。ですから、あなたは今日、自己破産することになります」


私は冷たい目で見下ろしながら、懐からあの「銀のコンパクトミラー」を取り出して見せた。


「ですが、もしよろしければ、一つご質問に答えていただければ、この莫大な借金の返済期限を、少しだけ、猶予して差し上げないこともありませんわ」


私は、へたり込んだ男爵と目線を合わせるためにしゃがみこんだ。


「男爵閣下。なぜあなたが、この鏡を持っていたのか教えていただけますか?」


「そ、それは……! まさか、お前……あの商人のガキか!?」


男爵の目が驚愕に見開かれた。


「……6年前。おおかた新興のアーサー商会が目障りになった貴族から、依頼を受けたのでしょう。あなたはさしずめ、権力者の汚れ仕事を引き受ける『掃除屋』。そして、この鏡は犠牲者から奪い取った『戦利品トロフィー』」


男爵は狂ったように笑い出した。


「ひははっ! そうだ! あの夫婦は邪魔だったんだよ! だから俺が馬車に細工をさせた! その鏡はな、死んだ母親の冷たくなった手からひん剥いてやったんだ! いい気味だろう!!」


破産と絶望の淵で、男爵はせめて私に精神的な打撃を与えようと悪あがきをした。


私の心には、燃えたぎるような憎悪の炎が燃え上がった。


この手で首を締め、今すぐにでも殺してやりたい。


しかしそんな情動を理性で抑え込み、私は事務的の言葉を述べるだけにとどめた。


「……証言、感謝します」


私が指を鳴らすと、応接室の扉が開き、数人の男たちが入ってきた。


新興の新聞社の記者たち、そして王都の治安判事だった。


「な、なぜ判事がここに!?」


「男爵。あなたの裏帳簿と、これまでの暗殺依頼の記録は、すでに彼らに提出済みです。明日の朝刊には、あなたが不正な市場操作と殺人教唆を行ったという記事が、王都中にばら撒かれます」


「き、貴様ぁぁぁっ!!」


男爵が私に掴みかかろうとしたが、治安判事の部下たちに即座に取り押さえられた。


「離せ! 俺を誰だと思っている! 侯爵閣下が黙っていないぞ!」


「その侯爵も、あなたのような無能なトカゲの尻尾はすぐに切り捨てるでしょうね」


私は床に這いつくばる男爵の耳元で、氷のように冷たい声で囁いた。


「地獄の底で、泥水をすする生活を楽しみなさい。私の両親が流した血の分だけ、苦しみ抜いて死ぬのよ」


男爵の絶望の叫び声が、屋敷中に空しく響き渡った。





15歳の誕生日を迎えた夜。


地下のオフィスには、ノアをはじめとするシンジケートの幹部たちが集まっていた。


テーブルの中央には、奪還した銀のコンパクトミラーが静かに輝いている。


私は仲間たちに、自身の生い立ちと、男爵を破滅させた理由、そして両親の死の背後にいる「真の黒幕」の存在を初めて打ち明けた。


「……そんなことがあったなんて」


ノアは拳を強く握りしめ、他の仲間たちも涙を流し、あるいは静かな怒りに震えていた。


「実行犯の男爵は潰した。でも、これだけじゃ終わらないわ」


私は薄暗いランプの光の中で、全員の顔を真っ直ぐに見据えた。


「平民の成功を弾圧し、殺戮を命じた黒幕の貴族たち。そして、そんな理不尽を許容しているこの腐敗した貴族社会そのものを、私は絶対に許さない。……そのために私は、貴族になるわ」


「貴族に……? クロエ、いくら僕たちにお金があっても、平民が貴族になるなんて……」


「合法的な身分買収のルートはすでに見つけてある。没落寸前の下位貴族の借金を肩代わりして養女に入り、国家に莫大な献金を積んで紋章を買うの。……私は奴らの世界に内側から入り込み、奴らが最も依存している『資本と権力』を、経済のルールで根こそぎ奪い取ってやる」


私はコンパクトミラーを強く握りしめた。


それはもはや、悲しい家族の遺品ではない。  


反逆の狼煙であり、勝利への誓いの象徴だった。


「これが、私たち底辺からの、資本主義を使った総力戦よ。……ついてきてくれるわね?」


ノアが、そして仲間たちが、次々と力強く頷き、立ち上がった。


彼らの瞳にもまた、私と同じ反逆の炎が宿っていた。


こうして、路地裏の孤児から裏社会の支配者へと成り上がった私は、ついに華やかな社交界という「本当の戦場」へと足を踏み入れることとなる。


旧態依然とした貴族たちの首に、経済という名の冷たいギロチンの刃を当てるために。






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