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第一章③

私たちの商売は順調そのものだった。


しかし、その急速な経済的成功は、地域の経済を独占し、既得権益を貪る貴族たちの目に留まることとなった。


彼らは私たちの事業を、自分たちの権益を脅かす存在として極めて危険視していたのである。そんな彼らの冷酷な思惑など知る由もなく、私は運命の誕生日を迎えた。





「クロエ、8歳の誕生日おめでとう!」


朝の光が差し込むリビングのテーブルには、母メアリーが徹夜で焼き上げた蜂蜜たっぷりのケーキが置かれていた。


「ありがとう、お父さん、お母さん!」


私は満面の笑みで、不格好だが愛情のこもった八本のロウソクの火を吹き消した。


「早いものだなあ。あんなに小さくて泣き虫だったクロエが、もう8歳か」


父アーサーは目を細め、私の頭を分厚い手で優しく撫でた。


「えへへ、もう子供じゃないもん! 私、もっともっとお仕事のお手伝いできるよ!」


「ああ、頼りにしているよ。……さて、今年の夏は約束通り、家族みんなで南の海へ行こう。今日はそのために、午後からギルドの元締めと大きめの商談を片付けて、乗り合い馬車のチケットも手配してくるよ」


「本当!? わぁい! お母さんも一緒にお出かけだよね?」


「ええ、もちろんよ」


メアリーは私を抱きしめ、頬にキスをした。


「だからクロエ、今日はお家でいい子にお留守番していてね。夕食には、あなたの大好きな肉厚のハンバーグを焼いてあげるから」


「うん! 絶対にいい子にしてる! いってらっしゃい!」


私は玄関で大きく手を振り、笑顔で二人を送り出した。


それが、大好きな両親と交わした最後の言葉になるとは夢にも思わずに。



クロエが8歳の誕生日を迎えたその日、悲劇は唐突に訪れた。


夕方になり、外は激しい雨が降り始めていた。


窓を叩く雨音に混じって、重苦しい扉のノックが響いた。


「お父さんたち、帰ってきた!」


私は弾かれたように立ち上がり、勢いよく扉を開けた。


しかし、そこに立っていたのは両親ではなかった。雨に濡れた黒い外套を着た、二人の屈強な警察官だったのだ。


「……アーサー商会の、娘だな?」


「おじさんたち、だれ? お父さんとお母さんは?」


警察官は互いに顔を見合わせ、重々しい、事務的な口調で告げた。


「気の毒だが……両親は事故に遭った。辻馬車が暴走して、二人が乗っていた乗合馬車に激突したんだ。……即死だったよ」


「……え?」


冷たい石造りの安置所で、私は白布を被せられた二つの遺体と対面した。


「嘘……お父さん? お母さん……? 起きてよ、旅行に行くんでしょ……? ハンバーグ、作ってくれるんでしょ……?」


私がいくら揺すっても、血の気が引き、冷たくなった二人は二度と目を開かなかった。


あんなに温かかった腕は、硬く凍りついているようだった。


「ひどい事故だった。雨で車輪が滑って崖下に転落したんだろう」


警察官はそう言って、早々に事故死として処理しようとした。


だが、極限の悲しみに打ちひしがれる中で、私の視界は前世の冷徹な眼差しを取り戻しつつあった。


(……おかしい。お父さんの外套の内ポケットが、刃物のようなもので意図的に切り裂かれている。それに、お母さんがいつも肌身離さず持っていた、あの銀のコンパクトミラーがない。事故の衝撃で飛んだなら、警察が遺留品として回収しているはずだ)


前世の投資家として直感が告げていた。


これは単なる不運な事故ではない。


確かな証拠はないが、ルール外の方法で利益を得る両親を、既得権益を脅かされることを恐れた何者か暗殺したのではないか。


そして、あまつさえ母の宝物であったあの鏡を持ち去ったのではないか。





悲しみに暮れる暇すら、私には与えられなかった。


翌朝、両親の遺体がまだ埋葬すらされていない家に、身なりの良い男たちが土足で踏み込んできた。彼らは地域の貴族に雇われた、高利貸しやギルドの役人たちだった。


「アーサー商会は、我々ギルドの規定に違反した違法な取引を行っていた! さらに莫大な借金を隠し持っていたことが判明した。よって、この家にある全ての資産を没収する!」


「待って! それはお父さんとお母さんが一生懸命働いて……全部現金で買ったものよ! 借金なんてないわ!」


「黙れ、ガキが! 証文ならここにある。命があるだけありがたいと思え!」


男が突き出した紙には、明らかに偽造された父のサインがあった。


父は──字を書けないのだから。


男たちは家財道具から金庫の中身、服の一着に至るまで、乱暴に運び出していく。


「やめて! ねぇ! お母さんのコンパクトミラーは!? あれだけは返して!!」


私が男の脚にしがみついて叫んでも、彼は冷酷に私を蹴り飛ばした。


「あんな高価な鏡、貧民の分際で持っている方がおかしいんだ。とっとと失せろ!」


その言葉が、すべてを物語っていた。


やはり、こいつらだ。


激しい雨の中、私はただ一人、泥だらけの石畳の上に放り出された。


私は全てを失い、再び絶対的な孤独と貧困の中に放り出されることとなった。


頬を伝うのが雨なのか涙なのか、もう分からなかった。


だが、冷たい泥水に這いつくばる私の心の中で、何かが完全に「凍りつく」音がした。


(……許さない)


私の愛した家族を理不尽に踏みにじり、奪い去った奴らを。


平民を虫けらのように搾取し、自分たちの既得権益を守るためなら暗殺すら正当化する、この腐りきった貴族社会そのものを。


(ただ殺すだけじゃない。奴らが拠り所にする権力、金、地位、その全てを根底から破壊してやる)


8歳の孤独な孤児となった私の魂には、かつて前世で他者を蹴落としてきた、前世の自分が持っていた冷酷な炎が、確かにこの時灯ったのだ。


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