表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/13

第三章④


「クロエ、市場が完全に狂っている!」


数週間後、地下オフィスに駆け込んできたノアが、汗にまみれた報告書を机に叩きつけた。


「アウルムの株価は現在、金貨300枚を突破! コーヒーハウスには株を求める群衆が殺到して、暴動寸前だ! あのウィクリフ侯爵の派閥の連中も、完全に理性を失っている。昨日なんて、侯爵本人が追加で株を買うために、先祖代々の広大な領地を担保にして、市中の高利貸しから莫大な借金をしたそうだぞ!」


「ふふっ……あははははっ!」


私は思わず、声を上げて笑い出した。


「やった! やったわ!! 素晴らしい! 侯爵が金を借りた高利貸し、それ、私たちのシンジケートのフロント企業だもの。奴は、私から株を買うために、私から金を借りて、自分の領地を私に差し出しているのよ。ふひひっ! お腹痛いっ!」


「心底嬉しそうだね」


ノアが呆れたようにため息をついたが、その顔にも高揚した笑みが浮かんでいた。


「信用買いの罠よ。株価が上がり続けると盲信しているから、借金をしてでも買おうとする。そして、買った株そのものを担保にして、さらに金を借りる。……完璧なバブル経済の完成ね」


私は黒板に書かれた「300」という株価の数字を、チョークでさらに「500」へと書き換えた。


「侯爵の派閥に属する貴族たちの資産状況は?」


「ほぼ全員が、流動資産のすべてをアウルム株に突っ込んでいる。屋敷、馬車、美術品、さらには娘の持参金まで担保に入れている者もいる始末だ。奴らの総資産の八割が、今や我々の空虚な会社の株に変換されている」


「まさに黄金の蜘蛛の巣ね。自ら喜んで絡め取られに来るのだから」


私はランプの火を消し、薄暗くなった部屋でノアを振り返った。


その表情には、令嬢としての愛想笑いも、子供としての無邪気さも一切ない。


冷酷な処刑人としての顔だけがあった。


「……そろそろ、刈り取りの時間よ」


「ついにやるか。どう動くんだ?」


私は前世の金融知識のすべてを込めて、最後にして最大の命令を下した。


「明日の正午。金融街エクスチェンジ・アレイが最も熱狂している時間帯を狙うわ。私たちが密かに保有しているアウルム会社の発起人株(大量の初期株)を、市場で一斉に売り払う。同時に、私たちが買収した全ての新聞社に号外を出させなさい。見出しはこうよ。——『アウルム会社は完全な詐欺。金鉱脈は存在せず、王家の許可書も偽造されたものだった』」


「……市場は大暴落クラッシュを起こす。借金をして高値で株を買った貴族たちは、一瞬で莫大な負債だけを抱えて破産することになる」


ノアが、これから起きる地獄絵図を想像して息を呑んだ。


「その通り。そして暴落した直後、担保価値が消滅した侯爵たちに対し、借金の『即時一括返済』を迫るの。払えなければ、彼らの領地も、屋敷も、特権も、すべて合法的かつ強制的に差し押さえる」


私は隠し持っていた銀のコンパクトミラーを強く握りしめた。


「物理的な刃物で殺したところで、奴らは殉教者ぶるだけ。でも、金で狂い、金で全てを失えば、奴らは社会の底辺で無様な泥をすすることになるわ。私の家族を奪った連中に、これ以上の特等席はないでしょう?」


「了解した。シンジケートの全ランナーを配置につかせる。明日の正午、貴族社会の心臓に、この経済のギロチンを振り下ろそう」


ノアが深く頷き、部屋を出ていく。


私は一人残された部屋で、明日の朝焼けよりも赤い、復讐の炎に胸を焦がしていた。


何年も待ちわびた瞬間が、すぐ目の前まで迫っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ