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第三章③

ダミー会社の設立は、驚くほどスムーズに進行した。


前世の金融史において、国家を揺るがした「南海泡沫事件」は実体のない遠方の貿易独占権と国家の権威を巧みに結びつけ、意図的なプロパガンダで投資家の熱狂を煽ることで、株価を天文学的な数字まで釣り上げた史上最大級の巨大な詐欺スキームである。


その本質が「存在しない富への尽きることのない欲望」であることを完全に理解している私にとって、特権意識に胡坐あぐらをかいた強欲な貴族たちを罠にかけるための舞台装置を組み上げるなど、造作もないことだった。


私たちが立ち上げたのは『アウルム大陸間開発会社』。


表向きの事業内容は、「遥か南方の未開大陸における、莫大な金鉱脈の独占採掘権」および「それらを運搬するための、画期的な新型蒸気船の開発と運用」である。


もちろん、金鉱脈など存在しないし、新型蒸気船の設計図も前世の知識を適当に繋ぎ合わせただけのハリボテだ。


「……信じられません。こんな空っぽの紙切れの束が、本当にあの巨大な貴族の資産を飲み込むと?」


シンジケートの地下オフィスで、美しく印刷された真新しい株券の山を見下ろしながら、ノアが信じられないというように首を振った。


「飲み込むわ。なぜなら、私たちが売るのは事業の実態ではなく『際限のない欲望』だからよ」


私はインクの匂いがする株券を一枚手に取り、ランプの光に透かした。


「まずは、王宮の財務大臣にシンジケートの裏金から賄賂を渡して、『王家のお墨付き』を得た国策会社であるという虚偽の権威付けを行ったわ。そして、あなたが王都中の新聞社やコーヒーハウスに放ったランナーたちを使って、『アウルム会社の探検隊が、黄金の山を発見した』という噂を大々的に流布させるの」


「プロパガンダによる市場の煽動ですね」


「ええ。最初の株価は金貨10枚で設定する。噂が広がり、株価が金貨20枚に上がったタイミングで、私はウィクリフ侯爵の投資サロンに乗り込むわ」





数日後、ウィクリフ侯爵が主催する会員制の投資サロン。


分厚い絨毯と葉巻の煙が立ち込めるその閉鎖的な空間に、私は「何も知らない金持ちの令嬢」という完璧な仮面を被って足を踏み入れた。


「おお、アッシュボーン令嬢。よく来てくれた」


ウィクリフ侯爵が、獲物を見つけた蜘蛛のように目を光らせて近づいてきた。


「侯爵閣下! 本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。私、右も左も分からなくて……」


「ははは、心配はいらん。我々のような歴史ある特権階級が、正しく富を導いてやろう。……ところで、最近市井を騒がせている『アウルム大陸間開発会社』の噂は知っているかね?」


(釣れた……!)


私は内心で冷たく笑いながら、わざとらしく扇で口元を隠し、声をひそめた。


「まあ! 閣下もあの会社をご存知でしたの? 私、難しい商売のお話はさっぱりなのですけれど……王宮に出入りしている親切な方が『絶対に内緒ですよ、南の海に本物の黄金の山が見つかったんです』って教えてくださって」


侯爵の目が、ギラリと強烈な強欲の光を放った。


「……ほう。それで、君はどうしたのだ?」


「私、よく分からないまま、持っていたお金で買えるだけ『株券』? という紙を買ってしまったんですの。でも、後になってあんな紙の束をドサッと渡されても、お洋服も宝石も買えませんし、持て余してしまって……。今思えば、騙されてしまったのかしらって不安で、夜も眠れませんわ」


私はわざとらしく眉を下げ、侯爵を潤んだ目で見つめ上げた。


侯爵は、獲物を前にした猟犬のように鼻息を荒くした。


「そういうことなら、この私がまとめて買い取ってやろう。何、これも新しく同胞となった者への、貴族としての助け合いというやつだ。君が買ったという額面通りの金貨10枚で引き取ろうではないか」


(バカめ。自分から喜んで破滅のババを引いてくれるとはね)


私は心の中で冷たく嘲笑しながら、パァッと顔を輝かせた。


「まあ! 閣下はなんてお優しいんでしょう! これでやっと安心できますわ!」


侯爵は私から大量の株券を底値で嬉々として買い取ると、すぐさまサロンの奥へ保守派の貴族たちを呼び集めた。


「皆の者、聞け。あの無知な田舎娘、自らが抱え込んだ黄金の山に気づかず、安値で私に株を譲り渡しおったわ。アウルムの極秘情報は本物だ。我々特権階級がこの事業の株を市場から買い占め、莫大な富を独占するのだ!」


侯爵の言葉に、貴族たちは下卑た笑い声を上げ、我先にとアウルム株の買い増しに走った。


「世間知らずの小娘から巻き上げた」という優越感と、「自分たちだけが極秘情報を知っている」という特権意識。


それこそが、私が彼らに仕掛けた最も甘く、そして致死性の高い毒だった。


侯爵とその派閥が市場で強引な買いに走ったという事実は、瞬く間に金融街に知れ渡った。


「あの保守派筆頭のウィクリフ侯爵が全財産を投じているらしいぞ!」


「王家のお墨付きは本当だ!」


有力貴族の動きを見た一般の投資家や市民たちまでもが、権威という名の幻想に踊らされ、熱病に冒されたようにアウルム会社の株を求めて殺到した。


狂乱のバブルが、完全に燃え上がった瞬間だった。


株価は、金貨10枚から、わずか一週間で50枚、さらに100枚へと異常なスピードで高騰していった。





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