第22話 臆病な魔術師と、孤児院と、光の蝶と
「フィン・スチュワート」
翌日俺は第三特務分隊の兵舎に入るやいなや、一番奥の壁際で今日も怯えたように小さくなっていた男の名を呼んだ。
「ひゃ、はいぃ」
「今日は貴様の番だ。ついてこい」
「……え。あ、あの、どこへ……。ま、まさか、ぼ、僕を、あの、森の奥に連れて行って魔物の餌に……」
「……貴様はもう少し黙っていることを覚えろ」
俺は彼の被害妄想をばっさりと切り捨て、有無を言わさず腕を掴んで兵舎の外へと放り出すと、残りの三人に向かって声を掛けた。
「お前たちは今日は自主練だ。クロエはリアムにでも相手になってもらえ」
「……わかった」
今日もメトロノームのように正確な音を鳴らし続けるアッシュが答えた。
一方部屋の中央では俺の言葉を聞いたクロエがリアムに向かって短剣を突きつける。
「おっし! じゃああたしたちも殺ろう」
「お前、真剣は禁止だぞ。わかってるのか?」
そんな二人の物騒な漫才を聞き流しなら、俺は扉を閉める。
そして、未だに自分がどこに連れて行かれるかと目を泳がせているフィンの腕を取ると、そのまま目的地へ向かった。
「ついたぞ」
俺がフィンを連れて向かったのは訓練場ではなかった。
騎士団の敷地を出て王都の城下町を抜けた先にある古びた庭付きの一軒の建物。
聖女セレスティアが今でも自主的に『修行』を続けていると聞く、あの孤児院だった。
「……あ、あの、教官殿。ここは……?」
フィンが周囲をきょろきょろと見回しながら不安げに尋ねる。
俺はその問いかけには答えず、孤児院の門を開け中に入った。
中庭では数人の子供たちが楽しそうに駆け回っていて、そしてその中心には泥だらけになりながらも心からの笑顔を浮かべている聖女セレスティアの姿があった。
その姿はもはや聖女というより、ただの心優しい少女にしか見えない。
(まさか聖女様も来てるとはな……ちょうど良かった)
そんなことを考えていると、セレスティアと目が合ってしまう。
「あ、マスター」
彼女はとたんにぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくると、俺に深く頭を下げた。
「いつもご指導ありがとうございます。今日も子供たちと『力』ではなく『心』で触れ合うことの尊さを、学んでおりました」
……だからその勘違いはやめてくれ。
それに俺が実質彼女を指導したと言えるのは、この孤児院で遊べと告げたあの日だけであって、いつもといわれても困る。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「ああ、それなんだがな」
俺は彼女の有り難迷惑な報告を適当に聞き流し、背後で固まっているフィンを前に押し出した。
「こいつはフィン・スチュワートだ」
「ああ、例の第三特務分隊の方ですね。初めまして、わたくしセレスティアと申します。貴方の――そうですね、姉弟子といった所でしょうか」
セレスティアが嬉しそうにフィンの手を取り微笑みかける。
姉弟子か……確かにそうかもしれないが、何やら微妙に言葉に圧を感じる。
「は、はいぃぃっ。僕はフィン・しゅ……しゅつわ……」
その圧を敏感に感じ取ってしまったのだろうか、それとも聖女様に手を握られて舞い上がってしまったのかも知れない。
フィンはカチコチに固まったまま、自分の名前すら言えなくなってしまっていた。
やれやれ、先が思いやられる。
「フィン! 貴様の課題を伝えるから良く聞いておけ」
俺は無理矢理フィンをセレスティアから引き剥がすと、その顔を中庭の子供たちの方へ向ける。
「貴様の魔法であの子らを楽しませてみせろ」
「…………え?」
フィンがぽかんとした顔で俺を見つめた。
無理もない。彼は自分の魔法を使って子供たちを楽しませるなどと言うことを一度もしたことがなかったのだろう。
資料室で得た彼の履歴によれば、幼い頃から天才的な魔法の才能を見出され、若くして魔法に関しては未来の騎士団員としての扱い方しか学んでこなかった。
つまりフィンは戦い以外の魔法の使い方を知らないのである。
「で、ですが私の魔法は……その……危険です。もし万が一、扱いを間違って子供たちに怪我でもさせたら……」
「甘ったれるな」
俺は彼の言葉を遮る。
(典型的な高火力・低耐久のガラスキャノン。だがそれだけじゃない。こいつは常に自分に『恐怖』というデバフをかけているようなものだ)
「貴様は自分の力を恐れすぎている。いつも人の顔色を窺い、ミスを恐れるその心こそが貴様の最大の弱点だ」
俺の言葉にフィンの顔が青くなる。
「で、でも……」
「大丈夫ですわ」
その時だった。
セレスティアがそっと彼の隣に寄り添うように立つと、フィンの目を真っ直ぐな瞳で見つめながら口を開く。
「……フィンさん、と仰いましたね。そのお気持ち、わたくしにもわかりますわ」
彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべて言った。
「わたくしもそうでした。自分の力が誰かを傷つけるのではないかと常に恐れておりました。ですがマスターは教えてくださったのです。力とはただ大きく振うものではないのだと」
セレスティアは自分の手のひらを広げ、そこに小さな光を生み出した。
それはただ温かく穏やかな光だった。
「大切なのは力の大きさではありません。それをどう使うかという『心』なのです。さあ、試してみてください」
セレスティアの言葉にフィンは何かを決意したように、震える手をおずおずと前に突き出す。
「……」
そのままゆっくりと目を閉じると、やがてその指先に米粒ほどの小さな光が灯る。
それは今にも消え入りそうな弱々しい光だった。
だがその光を見つけた一人の少女がフィンの下へ駆け寄ってくると、嬉しそうな声を上げる。
「わあ……きれい……。おほしさまみたい」
少女の曇りのない言葉。
フィンはびくりとして目をゆっくりと開く。
自分の魔法が誰かに『綺麗』と言われたのは、彼にとっては生まれて初めてのことだった。
「ああ、消えちゃった」
「……え、あ……ちょっとまってね。もう一度光らせるから」
彼は戸惑いながらも、もう一度指先に光を灯す。
すると他の子供たちも「わたしもみせて」「ぼくもみたーい」と次々に集まってきた。
「ちょっ……ちょっと慌てないでくださいっ」
子供たちの純粋な好奇の目に囲まれて、フィンの身体から少しずつ力が抜けていくのがわかった。
「ほかには? ほかにはなにかだせないの?」
一人の男の子がフィンに別のものをねだり出す。
「えっと……そうだね。やってみるよ」
男の子の願い事を聞いてフィンは少し考えたあと、意を決してもう少しだけ複雑な魔法を試みることにした。
「輝く絵筆」
彼が呪文を唱えると、その指先から七色に輝く光の蝶が数匹、ふわりと舞い上がる。
それは魔法使いが最初に魔法練習のために覚える、ただ魔力で光る線を書くだけの魔法だと、俺は後で知った。
なにしろゲームでは出てこなかった『戦いに必要のない魔法』だったからだ。
「わー」
「ちょうちょだ」
煌めき飛び上がる蝶の姿を見て、子供たちから歓声が上がる。
フィンの指先から生まれた光の蝶は、ひらひらと中庭を舞い、子供たちの指先や鼻の頭に止まっては光の粒子となって消えていく。
子供たちはそれを追いかけ、きゃっきゃと笑い声を上げていた。
「……」
フィンはその光景をただ呆然と見つめていた。
自分の力が誰かを傷つけるのではなく、誰かの笑顔を生み出している。
その事実が彼の心の奥底に凍りついていた恐怖を少しずつ、しかし確実に溶かしていく。
彼はそっと自分の手のひらを見つめた。
今までいつ人を傷つけてしまうかわからず恐れていたこの力。
だけど今は少しだけ、それが温かいもののように感じられた。
「魔法って……あったかいんだ……」
臆病な魔術師の心の氷が溶け始めたのを感じる。
「そうだ。魔法に対する怯えをなくせば、お前は強くなれる」
俺は子供たちと打ち解け笑い合うフィンの姿を、離れた場所から見守り続けたのだった。




