第21話 戦闘狂の盾と、臆病者の眼と、トラウマの在り処と
兵舎の中央には三人の男女が立っている。
俺とクロエ、そしてその背後でガタガタと震えているのはフィンだ。
「さてクロエ・バーンズ。今から貴様の指導を始める」
俺は木剣を構えながら言った。
「ルールは先ほど伝えた通りだ」
俺はクロエの後ろで泣き出しそうになっているフィンを指さす。
「貴様はその弱虫くん……いや、フィン・スチュワートを俺の全ての攻撃から守り抜け」
続けて俺は視線をクロエからフィンに向けて告げる。
「そしてフィン。貴様はそこから一歩も動くな。いいな?」
「ひっ……は、はいぃ」
フィンがか細い裏声で答える。
クロエは心底うんざりした顔で、自分の背後にいるフィンを一瞥した。
「……ちっ。なんであたしがこんなナメクジの面倒を見なきゃなんねえんだ」
「そんなナメクジ一匹守り切る自信がないのか?」
「……るっせえな。やりゃあいいんだろ」
クロエは二本の短剣を逆手に持つと、獣のような低い姿勢で俺を睨みつけた。
その瞳には先ほどまでの純粋な闘争心とは違う、苛立ちとそしてわずかな迷いが混じっていた。
「では始めるぞ」
俺は合図と共にゆっくりとフィンに向かって歩き出す。
「させないよ」
クロエは即座に俺とフィンの間に割り込み、完璧な防御態勢を取る。
俺は木剣を振るう。狙いはクロエの足元。
「くっ」
何度もやられた経験からか、それとも俺の挑発が聞いたからか、クロエはおぼつかないながらも始めて俺の下段攻撃を読み的確に回避してカウンターの短剣を繰り出してきた。
「ほう……」
だがその攻撃は俺には届かない。
なぜなら彼女は自分の背後にいるフィンを守るため、その場から大きく動くことができないからだ。
俺は彼女の攻撃を軽くいなし、再び足元を狙う。
クロエはそれを防ぐ。
更に彼女の動きを見ながら俺は少しずつ攻撃の速度を上げていく。
それをギリギリでクロエが受ける。
そんな単調な攻防が数分間続いた。
「……おい教官殿。これがあんたの言う指導か? 退屈であくびが出そうだぜ」
クロエが挑発するように言った。
今までトラウマのせいで苦手にしてきた下段攻撃を幾度も防ぐことが出来たことで、調子が出て来たようだ。
俺から見ればまだまだ拙い動きだが、少し前までそれすら出来なかったことを考えると十分だろう。
「そうか? ならば少し趣向を変えてやろう」
俺は不意に動きを止めクロエから距離を取る。
「守り切れよ」
そう言って構えていた剣を鞘に戻し、右手を前に突き出した。
「なにを……まさかっ」
クロエの顔に緊張が走った。
次の瞬間、俺の掌から小さな光の弾が三つ撃ち出された。
リナを鍛えたときに使った魔力弾だ。
それらはそれぞれ全く違う軌道を描いてフィンへと襲いかかる。
一つは正面から。
一つは大きく弧を描いてクロエの右側面から。
そして最後の一つは床を跳ねるようにして、彼女の死角である左足元を狙っていた。
「くうっ!」
クロエは正面からの光弾を短剣で弾き落とす。
だが側面と足元への攻撃には反応が間に合わない。
「しまっ……」
彼女の意識は常に目の前の敵である俺に集中していた。複数の、しかも死角からの攻撃に対応するという発想が彼女の中には存在しなかったのだ。
「ひゃっ」
クロエが反応しきれなかった側面からの魔力弾がフィンの肩を掠め、情けない悲鳴を上げさせる。
「……てめぇ!」
クロエの顔が怒りで歪んだ。
「卑怯だぞ。戦いってのは正々堂々と正面から……」
「戦場に正々堂々などという言葉は存在しない」
俺は彼女の言葉を冷たく切り捨てる。
「敵は常に貴様の弱点を狙ってくる。背後から、死角から、そして貴様が守るべき弱者の足元からな」
俺の言葉にクロエの身体がびくりと大きく震えた。
彼女の脳裏に忌まわしい記憶が蘇ったのだろう。
アビスゴブリンの奇襲と仲間たちの断末魔。
そうだ、あの時もそうだった。
自分が正面の敵と戦っている間に、仲間たちは地下から現れたアビスゴブリン共に足元を掬われ、なすすべもなく殺されていった。
そして――自分だけが生き残った。
あの時も自分が目の前の敵以外は何も見てなかったせいで仲間を守れなかった。
そんな後悔に塗れた記憶。
「……うるせえ」
クロエはそんな記憶を振り払うように叫んだ。
「あたしはあたしのやり方で守ってやる!」
「そうか。ならばもう一度だ」
俺は再び三つの魔力弾を作り出す。
今度は先ほどよりも速く、そして複雑な軌道で。
クロエは歯を食いしばり、その全てに対応しようとする。
だがやはり彼女の意識は正面の俺に縛り付けられ、死角からの攻撃を完全に防ぐことはできない。
光弾が何度もフィンの身体を掠める。
その度に上がる悲鳴にクロエの動きに、焦りと苛立ちが募っていく。
「くそっ、くそっ、くそぉ」
なぜだ。なぜ守れない。
あたしは強いはずなのに。
目の前の敵を誰よりも速く、誰よりも多く殺せるはずなのに。
なのになぜ背後にいるたった一人の弱虫くんすら守ることができない。
その時だった。
「……あの……クロエさん」
背後からフィンの震える声が聞こえた。
「……み、右です。右から来てます」
「……は?」
「それと……左の下……」
クロエはハッとした。
もしかして自分には見えない、見ることが出来ていない魔力玉の動きが、背後にいるこの男には見えているのか。
自分の死角から跳んでくる魔力弾の軌道が。
「……ちっ。わーったよ」
クロエは短く舌打ちをすると構えを変えた。
今までのように前傾姿勢で俺を睨みつけるのではなく、フィンの前にまるで盾のように仁王立ちになる。
そして意識を俺にではなく背後のフィンの声と、そして自分を取り巻く空間全体へと広げた。
(やっと変わる気になったか)
クロエの構えを見て、俺は内心ほくそ笑む。
「行くぞ」
俺は最後通告のように呟き、五つの魔力弾を同時に放つ。
先ほどまで三つの魔力弾ですら対処出来なかった彼女にとって、それはもはや回避不能の全方位からの飽和攻撃とも言えるものだった。
しかし。
「右、二つ! 大きく斜め上から来ます!」
「次は左下、一つ。足下に注意して!」
「最後っ、正面に二つ、真っ直ぐ来ます!」
俺の放った魔力弾の軌道を、フィンが的確に読み切ってクロエに伝える。
「うぉぉぉぉぉっ!」
クロエが獣のように咆哮した。
彼女はもはや俺を見ていなかった。
フィンの言葉を信じ身体を回転させ、二本の短剣を嵐のように振るう。
右からの二つを弾き、返す刃で左下の一つを切り裂き、そして正面からの二つを身を挺して受け止めた。
一瞬にして全ての光弾が霧散する。
彼女の背後にいたフィンは無傷。
しかしその代わりにクロエの身体には数カ所の火傷ができていた。
「……はぁ、はぁ……」
クロエは荒い息をつきながら、その場に膝をつく。
彼女は守り切ったのだ。
目の前の敵を倒すためではなく、背後にいる仲間を守るために戦ったのだ。
「……やるじゃねえか……弱虫くん」
クロエは振り返りもせずに悪態をつくように言った。
「ひゃ、ひゃい」
フィンはまだ震えながらも、どこか誇らしげに胸を張っている。
俺はそんな二人の姿を見つめながら窓から差し込んできた夕日に目を細めた。
どうやら今日はここまでのようだ。
「今日の訓練はここまでとする。各々今日の俺の指導を忘れず、鍛錬にいそしむように」
俺は今日指導した三人――特にアッシュとクロエに向かってそう告げると、壁際で腕を組んだまま、ずっと仲間たちの訓練を監察するように見ていたリアムに向き直る。
その顔には薄らと不満の色が浮んで見える。
自分だけが今日の訓練に参加出来ていないことに焦りもあるのだろう。
「リアム。貴様への指導は後だ」
「後……とは?」
「そのうちわかる。それまで、貴様は他の三人のことを監察し続けろ」
俺の言葉の意味がよく理解出来なかったのはリアムだけでなく、他の三人も首を傾げている。
今はそれでいい。
俺は疑問をぶつけたくて溜まらなくしている彼らに背を向けると、これ以上は何も言わないとなかりに弊社を出て扉を閉めた。
まだ訓練は始まったばかりだ。慌てる必要は無い。
「さて、宿舎に行く前にリナの様子も見ていくか」
そうして俺は、俺がいない間も自主練を続けている弟子がいるはずの第五訓練場へ足を向けたのだった。




