第7話 アクア・アルタールの熱い夜(3)
「……え?」
振り返ったわたしの目に飛び込んできたのは、冷気漂う浴室に堂々と侵入してきた、見慣れた二人の男の姿。
「よう、ミリア。背中、流してやるよ」
ブレイズが腰に手ぬぐい一丁という無防備な姿で、ニカッと笑っている。
その鍛え上げられた肉体は、いつ見ても圧倒的な迫力だ。
ドスドスと音を立ててと浴室に侵入してくる態度は、清々しいほどにふてぶてしい。
「失礼します、ミリアさん。セキュリティチェックに参りました」
アズールもまた、賢者のローブを脱ぎ捨て、腰巻ひとつの姿で優雅に入ってきた。
白い肌と引き締まった肢体は、ブレイズとは対照的な美しさを持っている。
もっともな理屈を並べているが、やろうとしていることは同じだ。
「……あなたたち」
わたしは呆れて、水面から顔だけを出して二人を睨んだ。
「レディの入浴中に、何してるのよ。大体、鍵がかかっていたでしょう?」
「あんなチャチな錠前、アズールが簡単に解除しちまったぜ」
「蹴破ろうとするのを止めたボクを褒めていただきたいですね。……それにミリアさん、密室にあなた一人を放置するのはリスクが高い」
二人は悪びれる様子もなく、ずかずかと浴槽に近づいてくる。
狭い浴室が、男二人によって急激に圧迫感を増した。
「リスクって……ここは宿の中よ?」
「誰がどこから覗いてるかわかんねえだろ」
「ええ。それに、冷水での行水は身体を冷やしすぎる危険があります。ボクたちの体温で、加減を調整する必要があるでしょう?」
屁理屈だ。完璧な屁理屈。
けれど、二人の瞳は真剣そのもの――いや、獲物を狙う肉食獣のような光を湛えて、わたしの奥底にある『愛されたい』『独占されたい』という甘い欲求を激しく揺さぶってくる。
「……はあ」
呆れを通り越して、笑いがこみ上げてくる。
深刻なことを考えていた自分が馬鹿らしくなってくる。
この二頭の獣たちがいる限り、どんな罠も、きっとただの障害物に過ぎない。
「いいわよ。入れば?」
わたしが許可を出した瞬間だった。
「へへ、そうこなくっちゃな!」
ブレイズが躊躇なく浴槽に巨体を滑り込ませてくる。ただでさえ一人用の浴槽だ。彼が入ってきたことで水位が一気に上がり、水が縁から溢れ出した。
ザバーンッ!と盛大な音を立てて冷たい水が縁から溢れ出す。
「……狭いわよ、ブレイズ」
「いいじゃねえか、密着できて」
ブレイズは背後からわたしを包み込むように座った。彼の岩のように硬い腕がわたしの腰に回り、背中には彼の体温の熱さが直に伝わってくる。
「髪の手入れも忘れてはいけませんね」
頭上から、アズールの静かな声が降ってくる。彼は浴槽には入らず、縁に恭しく跪くと、わたしの濡れた髪を掬い上げた。
ブレイズの力強さとは対照的な、繊細で慈しむような手つき。心地よい指の動きに身を委ねかけ——不意に、昼間の光景が冷水のように思考へ入り込んできた。
「……ねえ、アズール」
わたしは水面から顔を上げ、彼を見つめた。
わざとらしく目を細め、端正な顔を覗き込む。
「議事堂で、あの『星詠みの巫女』……ザラ、だったかしら?彼女に見つめられて、随分と嬉しそうだったじゃない?」
ピタリ、と頭皮を滑っていたアズールの指が止まる。
「へっ、そういやあの女、アズールのことを随分と熱っぽい目で見てたなァ?『月の騎士様は麗しい』だとか抜かして」
背後のブレイズが意地悪く笑いながら、わたしの耳元に熱い呼気を吹きかけた。ビクリと肩を震わせるわたしを余所に、アズールの端正な顔が焦燥に染まっていく。
「ご、誤解です!ボクはあんな得体の知れない女になど、微塵も興味はありません!むしろ不愉快でした!」
「ふーん……?でも、まんざらでもない顔をしてたんじゃない?」
「していません!ボクが見ているのは、ボクが触れたいのは、世界でただ一人、あなただけです、ミリアさん!」
アズールが必死の形相で訴えてくる。
その瞳に映っているのは、確かにわたしだけだ。
情欲と、焦りと、そして深い崇拝の色。
その必死さが愛おしくて、そして同時に、もっと彼を困らせて、わたしだけのものだと刻印を付けたくてたまらなくなる。
「……口先だけなら、なんとでも言えるわ」
わたしは濡れた腕を伸ばし、浴槽の縁にいたアズールの腕を強く引いた。
「わっ……!ミ、ミリアさん!?」
ザパァァァンッ!!
激しい水飛沫と共に、アズールが浴槽の中へと引きずり込まれる。
ただでさえブレイズが入って飽和状態だった狭い浴槽に、さらに大柄な男がもう一人。
溢れ出す水音が浴室に反響する中、わたしたち三人の身体は、もはや身動きすら取れないほどに複雑に絡み合い、密着していた。
「なら、証明してごらんなさい?」
「し、証明……?」
わたしはアズールの首に腕をまわし、情欲に潤んだ瞳で見つめ返した。
「あなたのその身で、わたしだけを求めているって……教えて?」
アズールの理知的な瞳に、昏い情念の炎が灯る。
「……仰せのままに、我が女王」
アズールがわたしの後頭部に手を回し、食らいつくように深く口づける。
魂ごと飲み込むような唇の重なりに酸素が奪われ、視界が白く明滅する。
「おいおい、随分と手荒な真似するじゃねえか」
ブレイズが面白がるように低く笑い、背後からわたしの身体をさらに強く抱きすくめる。
ブレイズの体温に包まれながら、アズールからの熱視線に射抜かれる。
二人の愛おしい重みに押し潰されそうになりながら、水浴びで冷えた身体が火傷しそうな熱さをはらんでいく。
「ミリア……お前は、俺たちのものだ……」
「ええ……誰にも渡しはしません」
右と左、それぞれの耳を熱い囁きが同時に撫でる。
二人の愛を同時に受け入れ、わたしは自分が世界で一番愛され、独占されているという背徳的な喜びに打ち震えた。




