第6話 アクア・アルタールの熱い夜(2)
ザラは朗々と予言を告げると、ヴェールの奥で妖しく目を細めた。
芝居がかった口調、熱のこもった視線。
けれど、わたしに向けられるその瞳の奥には、どこか冷ややかな計算高さが見え隠れしていた。
「この街の生命線である、地下水源の流れが、ここ数日、徐々に細くなってきているのです。そして、それと時を同じくして、水源を守る洞窟に、これまで見たこともない『砂の魔物』が現れるようになりました」
議長のムスタフは、脂汗を拭いながら悲痛な面持ちで訴えた。
演技なのか、あるいは本当に切羽詰まっているのか。
「……砂の魔物、ですか」
隣でアズールが眉をひそめ、顎に手を当てて考案する素振りを見せる。
ムスタフの言葉を引き継ぐように、ザラが一歩前に進み出た。
「ええ。剣も魔法も通じぬ、不死身の怪物たち。地下水源の災いを静められるのは、その身に古の力を宿す赤き星の女王のみ、と星々は告げています」
ザラはヴェールの隙間から、ねっとりとした視線でわたしを射抜いた。
その瞳の奥には、「お前の正体などお見通しだ」と言わんばかりの昏い愉悦が見え隠れしている。
「あなた様の力だけが、この街を救うことができるのです。どうか、我々にお力をお貸しください、予言の女王よ」
あまりにも出来すぎた話だ。
部屋の隅、ザラの背後には、護衛のカシムがただ黙って佇んでいる。
彼は一言も発しない。表情一つ変えない。
ただ、その虚ろな瞳が、わたしと、わたしの背後に控えるブレイズとアズールを、無機質に観察している。
……あっちの方が、よっぽど厄介ね。
ザラの安っぽい演技よりも、あの男の沈黙の方が、喉元に突きつけられたナイフのような冷たさを感じさせる。
「報酬は?」
ブレイズが腕を組み、不機嫌そうに尋ねた。
「俺たちは慈善事業家じゃねえ。命を張るんだ、それなりの見返りは期待できるんだろうな?」
「もちろんですとも」
ムスタフは大きく頷いた。
「事態を解決していただいた暁には、評議会として最大限の謝礼をご用意いたします。それに……」
彼は声を潜め、意味深長な視線をわたしに向けた。
「おぞましい砂の魔物たちが巣食う地下水源は、我々アクア・アルタールの民にとって、ただの水を汲む場所以上の意味を持ちます。その最深部には帝国建国の女神ゾルデ様が、初代皇帝陛下に遺したとされる伝説の至宝……黄金の宝玉『真昼の瞳』が祀られているのです」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
ブレイズとアズールも、一瞬だけ息を呑んだのが気配でわかる。
わたしたちが喉から手が出るほど欲している目的の品。その在り処を、彼はいともあっさりと明かしたのだ。
「その秘宝を守ることも、今回の重要な依頼の一部。もし水源を浄化し、宝玉の無事を確認していただければ……救世主であるあなた方には、特別にその聖域への立ち入りと、宝玉の拝観を許可いたしましょう」
ムスタフの言葉に、わたしは迷うふりをして数秒沈黙し、それからゆっくりと頷いた。
「……わかりました。その依頼、お引き受けします」
罠の匂いがプンプンする。
けれど、餌があまりにも魅力的すぎる。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。わたしたちには、飛び込む以外の選択肢はなかった。
◇
宿に戻った頃には、外はすっかり茜色に染まっていた。
夜になれば、砂漠の気温は急激に下がる。
身体が冷え切る前にと、わたしはブレイズとアズールを部屋に残し、一人で浴室へと向かった。
「ふぅ……」
石造りの浴槽には、並々と冷たい水が張られている。
熱した身体には少し刺激が強い冷たさだが、砂塵にまみれた肌には心地よい。
桶で水をすくい、頭からかぶる。
冷気が頭を冴えさせ、昼間の会話が鮮明に蘇ってきた。
ムスタフ議長は『真昼の瞳』を「伝説の至宝」と言った。
けれど、その口調には畏敬の念こそあれ、神の力を宿すアーティファクトに対する恐怖や警戒心は感じられなかった。
彼にとってあの宝玉は、皇帝家との契約を守るための「象徴」や「人質」程度の認識なのだろう。
「それよりも」
水風呂に浸かりながら、小さく呟く。
ザラという女と、カシムという男。
あの二人が、ただの占い師と護衛でないことは確かだ。
ザラの目には、アズールに向けられた歪んだ執着と、わたしに向けられた敵意があった。
カシムの目には……何もなかった。それが一番恐ろしい。
わたしは深い溜息をつき、浴槽の縁に頭を預けた。
天井に描かれたフレスコ画の天使たちが、地上を覗き込んでいる。
神々もまた、こうして私たちを見下ろして笑っているのだろうか。
「まあいいわ。罠ごと食い破ってやるのが、『遺跡喰らい』の流儀よ」
湯船の縁に腕を預け、わたしは不敵に笑った。
その時だった。
ガチャリ。
鍵をかけていたはずの浴室の扉が、何の前触れもなく開け放たれた。




