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第5話 アクア・アルタールの熱い夜(1)

永劫砂漠の過酷な旅路の果てに辿り着いた水上都市、アクア・アルタール。

至る所に張り巡らされた水路、そして建物の白い石壁を伝い落ちる清らかな水。

耳に届くのは、渇いた風の音ではなく、涼やかなせせらぎの音だ。

高級宿の一室、各部屋に専用の水浴び場を備えた部屋。

荷物を解くと、すぐにテーブルを囲んで作戦会議が始まった。


「さて、どうやって『真昼の瞳』の情報を集めるか、だけど……」


わたしが切り出すと、アズールが地図を広げ、指先でトントンと都市の中心部を示す。


「正攻法でいくべきです。この都市国家は、七人の有力な商家の族長たちで構成される『七賢人評議会』によって統治されています。まずは彼らに接触し、クリフォード家の名を使って――」


コン、コン。


アズールの流暢な作戦立案を遮るように、部屋の扉が控えめに、しかし明確な意志を持ってノックされた。

視線が交錯する。

ブレイズが無言で大剣の柄に手を掛け、アズールが杖を握りしめる。

わたしは音を立てずに扉へと近づき、声をかけた。


「……どなた?」


「突然のご訪問、失礼いたします。評議会議長、ムスタフ様より、三名の旅人様がたに謁見の儀を賜りたく、お迎えに上がりました」


わたしたちは顔を見合わせる。

まだ宿帳に名前を書いたばかりだというのに、この反応速度は異常だ。

こちらの到着を待ち構えていたかのような手際の良さ。


罠か、それとも好機か。


ブレイズが「どうする?」と視線で問いかけてくる。

わたしは小さく頷き、不敵な笑みを浮かべて扉を開けた。


「ええ、喜んで。この美しき水の都の長に、ご挨拶したかったところよ」


          ◇


案内された先は、都市の中心にそびえ立つ議事堂だった。

大理石の床、天井まで届く巨大な水槽、そして涼やかな空気が満ちる壮麗な広間。


円形のホールの壁沿いに、七つの豪奢な椅子が半円を描くように配置され、それぞれの席に評議会の議員たちが腰掛けている。

その視線は一様に、わたしたちを値踏みするように観察していた。


中央に座る、恰幅の良い初老の男が、わたしたちの姿を認めると紳士的な笑みを浮かべて立ち上がった。

仕立ての良い服に、指には高価な宝石の指輪。白く豊かな髭が、威厳と親しみやすさを同時に演出している。


「ようこそ、アクア・アルタールへ。私が議長のムスタフです。あなた方の来訪は、我々にとってまさに希望の光。心より歓迎いたします」


公の場であると判断したアズールは、被っていたフードをすっと取り外した。

クリフォード公爵家の次期当主として、相応の礼節を持って対応するつもりらしい。


「アークライト帝国、クリフォード公爵家が次男、アズールです。こちらは兄のブレイズ、そして――」

「存じておりますとも」


アズールが続けるより先に、ムスタフが言葉を継いだ。


「なぜ、我々があなた方の到着を知っていたか、不思議に思っておられるでしょう。すべては、星々の導きなのですよ」


ムスタフが大袈裟に腕を広げると、議事堂の奥にあるとばりがゆっくりと上がり、ジャラリと重厚な装飾品の音を響かせて、二つの人影が姿を現した。


「紹介しましょう。我が評議会が誇る、至高の予言者。『星詠みの巫女、ザラ』。そして、その影として彼女を守護する『沈黙の刃、カシム』です」


甘い香の匂いと共に、一人の女性が艶やかに歩み出る。そしてその背後には、まるで彼女の影が実体化したかのように、音もなく一人の男が付き従っていた。


「――ようこそお越しくださいました。赤き星の女王と、太陽と月の騎士様」


ザラの声が厳粛さを伴って響き渡る。

甘く、それでいてどこか毒を含んだような妖艶な声。

夜の闇を凝縮したような黒髪と、夕暮れのような鳶色の瞳を持つ美女。


薄い紫のヴェールで顔の下半分を隠しているが、その切れ長の瞳が放つ妖しい魅力は隠しようもない。踊り子のように露出度の高い衣装からは、滑らかな褐色の肌が惜しげもなく晒されている。


対照的に、後ろに控える男――カシムは、全身を砂漠の夜のような黒装束で包み、黒いターバンで顔の下半分を覆っていた。

肌の色や瞳の形は前の女とよく似ている。


おそらく血縁だろう。けれど、その鳶色の瞳には一切の感情が宿っておらず、ただ無機質に周囲を警戒している。


「星々は告げました——」


彼女が歩くたびに、強烈な香油の甘い香りが漂い、わたしは眉をひそめる。

魅惑的ではあるけれど、どこか胸焼けするような、人工的な甘さ。


「この地を襲う絶望と希望を」


ザラと呼ばれた女は、わたしの前を素通りし、真っ直ぐにアズールへと歩み寄った。


「まあ……なんて美しい方」


彼女の鳶色の瞳が、熱っぽい光を宿してアズールを見る。

それは予言者が救世主を見る目ではない。

粘着質な欲望の色で濁った瞳がアズールの顔を無遠慮に覗き込んだ。


「金糸ような髪に、宝石のような瞳……。予言にあった『月』とは、これほどまでに麗しい方だったのですね」


派手に彩られたザラの指先が、不躾にアズールの頬へと伸ばされる。

背後のカシムは、それを止めるでもなく、ただ静かに見つめていた。


嫉妬でも、無関心でもない。


ただ、自分の護衛対象が新しいオモチャに手を伸ばすのを、虚無的な瞳で肯定し、見守っている。

その異様な空気に、背筋が粟立つ。


アズールがピクリと肩を震わせ、嫌悪感を露わにして一歩下がろうとした。

見知らぬ他者に触れられるなど、潔癖な彼には耐え難いことだろう。

ましてや、こんな品定めするような無礼な態度は、彼のプライドを逆撫でする。


わたしはすっと音もなく一歩踏み出し、アズールとザラの間に割って入った。


「――あら?」


伸ばされたザラの指先が、わたしの胸の前で止まる。

わたしはザラの目を真っ直ぐに見据え、唇だけで弧を描く。


「ごめんなさいね。この子、少し人見知りなの」


わたしは背後のアズールを庇うように、その視線を遮断する。

背後でアズールがほっと息をつく気配がした。

ブレイズが喉の奥で低く唸り、威嚇しているのがわかる。


カシムの虚ろな瞳が、初めてわたしを「排除すべき障害」として認識したような、冷たい殺気を放った気がした。

ザラは不満げに唇を歪めたが、すぐにヴェールの下で嘲るような笑みを浮かべた。


「……ふふ、そうなの。随分と過保護な『女王様』ね」


彼女はわたしを一瞥しただけで興味を失ったように視線を外し、ムスタフの方へと向き直った。

そして、芝居がかった仕草で両手を広げ、朗々と告げる。


「『赤き星をめぐる太陽と月が、砂漠の危機を救うために西から現れる』……。あなた方こそ、このアクア・アルタールを襲う未曾有の危機から、我々を救うために遣わされた、定められし救世主なのです」



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