第19話 覚醒!黄金の暴君(4)〈ザラ視点〉
目の前で、黄金の閃光が弾けた。
「……え?」
思考が、真っ白に染まる。
何?何が起きたの?
あたしを突き飛ばした兄様が、光に包まれたと思った次の瞬間。
そこに残っていたのは、黒い炭のような塊だけ。
乾いた風が吹く。
カラカラ、と。
砂上の楼閣が崩れるように、その黒い塊が音もなく崩れ落ち、ただの灰となってサラサラと砂に混じっていく。
「う、そ……嘘よ……カシム?兄様……?」
あたしの思考が、目の前の現象を処理することを拒絶した。
さっきまで、そこにいたはずだ。
いつものようにあたしの前に立って、私を守ってくれる、あの大きな背中が。
震える指先を伸ばし、その黒い煤に触れる。
温かい。
けれど、それは人の体温ではない。薪が燃え尽きた後に残る、無機質な余熱。
「いや……いや、いやいやいやッ!!」
あたしは灰を握りしめ、首を激しく振った。
そんなわけない。兄様よ?あの兄様が、こんな簡単に?
あたしを守る最強の盾が、あんな優男の、たった一撃で?
「イヤァァァァァァァァッ!!兄様ァァァッ!!」
灰が指の隙間からこぼれ落ちる。
それがあたしの手から兄様が永遠に失われた事実のように思えて、恐怖で頭がおかしくなりそうだった。
「許さない……!」
憎悪が、沸騰した泥のように脳髄を満たしていく。
もう、この街も、計画も、『真昼の瞳』もどうでもいい。
あたしのすべてを使って、この男を殺す。
「許さない……許さない許さない許さないッ!!」
あたしは自身の魔力の全てを、砂漠全土に埋め込んだマナ・コアへと叩きつけた。
ズズズズズ……ッ!
大地が鳴動し、砂漠が波打つ。
サソリ、コウモリ、ワーム、サーペント。
あたしが丹精込めて作り上げた、数百の砂の軍勢。
それが津波となって、地平線を埋め尽くしていく。
これだけの数がいれば、一国の軍隊だって滅ぼせる。
いくら人間離れしていようと、所詮は個。
この砂の海に飲まれて、肉片すら残さず磨り潰してやる。
「殺してやる!お前も、この街の人間も、全員!!」
あたしの号令と共に、砂の津波がアズールへと殺到する。
視界を覆う絶望的な質量。
なのに。
「……素晴らしい。実に素晴らしいですよ、予言者殿。しかし——」
アズールは、笑っていた。
怯えるどころか、まるで観劇でも楽しむかのように、優雅に、そして憐れむように。
「所詮は、砂遊びですね」
あの男が、優雅に、まるで太陽をつかむように右手を天に掲げた。
ただ、それだけ。
詠唱もない。魔法陣もない。
カッッッ!!!!
世界が、黄金色に塗りつぶされた。
音さえも置き去りにする、圧倒的な光と熱の奔流。
あたしの自慢の軍勢が、視界いっぱいに広がっていた「子供たち」が。
地面から噴き上がった無数の黄金の火柱に包まれ、悲鳴を上げることすらできずに消滅していく。
百を超える魔物たちが、一瞬にして蒸発した。
砂に戻るのではない。存在そのものを、この世界から消し去られたのだ。
後に残ったのは、ガラス化した大地と、陽炎の向こうで悠然と佇む、あの男だけ。
「あ……ぁ……」
理解、してしまった。
あれは、魔術なんてチャチなものじゃない。
あの輝き、あの圧倒的な「支配」の力。
あれこそが――『真昼の瞳』。
かつて、あたしが地下神殿で触れた時、何の反応も返さなかった、冷たい宝石。
あたしがいくら願っても、沈黙を守り続けたあの石が。
「選んだの……?あたしじゃなくて、あいつを……?」
あのアズールという男を依り代にして、神が顕現している。
あたしの砂遊び(欲望)なんて、本物の太陽の前では塵芥に過ぎなかったのだ。
「ああ……」
あたしの手から、灰がこぼれ落ちていく。
浅はかな欲望。
身の丈に合わない力を欲した、その代償。
それを支払わされたのは、あたしじゃない。
「兄様……」
熱気が近づいてくる。
顔を上げると、アズールが目の前に立っていた。
黄金に燃える瞳が、ゴミを見るような目で見下ろしている。
彼が、ゆっくりとあたしに手をかざす。
その手のひらに、太陽が収束していくのが見える。
死ぬ。
あたしも、兄様と同じように。
不思議と、恐怖はなかった。
ただ、胸が張り裂けそうなほどの後悔と、温かい記憶だけが蘇る。
『お前の望むままに』
いつもそう言って、あたしのどんな我儘も叶えてくれた兄様。
あれは、服従じゃなかった。
あれは、愛だったんだ。
世界でたった一人、あたしを無条件で愛してくれた人を、あたしは自分の欲望のために灰に変えたんだ。
「にい、さま……」
あたしは兄様のいた場所へ手を伸ばす。
本当に大切なものは、最初から持っていたのに。
失ってから気づくなんて、本当に……馬鹿な妹……。
視界が、黄金色に染まる。
あたしの身体が、魂が、熱に溶かされていく。
「ごめんね、兄様」
あたしの意識は、兄様と同じ、静かな闇の中へと消えていった。




