第20話 覚醒!黄金の暴君(5)
ゴゥッ!
強烈な熱風が頬を打ち、思わず腕で顔を庇う。
視界の先で、ザラだったものが、黄金の炎に包まれて消失していくのが見えた。
悲鳴すら置き去りにする、完全なる消滅。
熱気が揺らぐ中心に、彼が立っていた。
「アズール!」
わたしの呼びかけに、彼がゆっくりと振り返る。
逆光の中で輝く黄金の瞳。
背後には、まるで後光のように揺らめく赤黒い陽炎。
彼は、まるで散歩の途中で綺麗な花を見つけた子供のように、無邪気で、そして背筋が凍るほど美しい微笑みを浮かべた。
「ああ、ミリアさん。見ていただけましたか?」
彼は愛おしげに目を細め、ザラがいたはずの空虚な空間を示した。
「あなたの障害になる石ころは、綺麗に取り除いておきましたよ」
「……っ」
背筋が凍りついた。
その笑顔があまりにも穏やかで、優しさに満ちていたからこそ、わたしは戦慄した。
命を奪ったことへの躊躇いも、恐怖もない。
ただ「掃除をした」と報告するような軽さ。
「アズール……お前、正気かよ……」
隣でブレイズが呻くように呟いた。彼の手が、小刻みに震えているのがわかる。
わたしたちは、本能で理解していた。
目の前にいるのは、わたしたちの愛するアズールであって、アズールではない。
愛という名の狂気を孕んだ、制御不能の「何か」だ。
「さて……」
アズールはわたしたちの戦慄など意に介さず、視線をゆっくりと巡らせた。
その黄金の瞳が、彼方に見える街――水上都市アクア・アルタールを捉える。
「もう一つ、邪魔な石ころが残っていましたね」
彼が右手を掲げる。
手のひらに、太陽を凝縮したかのような、凶悪な熱量が収束していく。
「――っ、ダメッ!!」
「おい!何してやがる!!」
わたしとブレイズは悲鳴を上げた。
彼は、本気だ。
あの街を、そこに住む人々ごと、今のザラと同じように消し去るつもりだ。
「よせッ!!あそこには何千人も人がいるんだぞッ!!」
ブレイズが叫ぶ。
けれど、アズールは心底不思議そうな顔で、きょとんとわたしたちを見つめ返した。
「人がいる?それがどうかしましたか?」
「罪のない人間がたくさんいるんだぞ!お前のやろうとしてることは虐殺だ!」
ブレイズの怒号に、アズールは冷ややかに目を細めた。
「罪がない……?冗談でしょう」
彼は吐き捨てるように言った。
「彼らはミリアさんを利用しようとしました。彼女を贄にして、自分たちの街を守ろうとした。……その薄汚い思考そのものが、万死に値する大罪です」
その言葉には、一片の迷いもなかった。
論理が飛躍しているのではない。彼の理屈の中では、それが絶対的な正義として完結しているのだ。
彼の瞳が、爛々と黄金色の輝きを増す。
「それに……いい機会だと思いませんか?」
アズールは夢見るように瞳を輝かせ、空いた左手をわたしたちへ差し伸べた。
「この街だけじゃない。ボクたちを縛る帝国も、クリフォードの家名も、賢者の塔も……全部、全部、焼き払ってしまえばいい」
「なにを……言ってるんだ、お前……」
「簡単なことですよ、兄さん。全て焼き払って、この世界を更地にすればいい。そうすれば……誰にも邪魔されない、ボクら三人だけの世界が作れる」
違う。
それはアズールの言葉じゃない。
狂気的な思考の裏側に張り付いている、傲慢な「意志」の声。
……いる。
アズールの魂の奥底。
彼自身の独占欲や渇望を依り代にして、この世界を見下ろしている何かがいる。
『真昼の瞳』。
かつてゾルデが選び、帝国を築く礎となった、支配と情熱の神。
その「意志」が、アズールの心の奥底にあった「執着」と「独占欲」を極限まで増幅させ、歪な正義へと書き換えてしまっている。
それがわたしへの、究極の愛の証明だと信じ込ませている。
「……ふざけるなッ!!」
ブレイズの怒号が、熱気を切り裂いた。
「そんなものが、ミリアの望む世界なわけねえだろうがッ!!」
ブレイズが地を蹴った。
大剣も構えず、身一つで、炎を纏う弟へと突っ込んでいく。
「兄さん……?近寄らないでください。今のボクに触れると、消し炭になりますよ?」
アズールが警告するが、ブレイズは止まらない。
アズールの周囲に渦巻く熱波は、鉄さえも溶かす高温だ。
近づくだけで、ブレイズの服が焦げ、肌が赤く爛れていくのが見える。
「ぐ、ウゥゥゥォォォォォッ!!」
「なっ……兄さん、正気ですか!?」
アズールの表情が、初めて驚愕に歪んだ。
自分の絶対的な力(熱)をものともせず、ただの肉体で突き進んでくる兄の姿。
その理屈を超えた行動に、アズールの中の論理が混乱し、周囲の熱気が弱まる。
「正気じゃねえのは、てめえの方だッ!!馬鹿野郎がッ!!」
ブレイズの拳が、炎の壁を突き破る。
皮膚が焼ける音。
それでも彼は止まらない。火傷など意に介さず、ただ弟の目を覚まさせるために、その手を伸ばす。
「わ、訳がわからない……どうして……!?」
アズールが動揺し、後ずさる。
『真昼の瞳』の傲慢な意志は、この理不尽な熱血漢の行動には困惑しているようだ。愛する弟を止めるために我が身を焼くブレイズの行動原理が、「意志」には全く理解できない。
――今だ。
わたしはブレイズが命懸けで作ってくれた、その隙を見逃さなかった。
風のように駆け抜け、アズールの背後へと回り込む。
多少弱まったとはいえ、燃えるような熱気。
近づくだけで、肺が焼け付きそうだ。
けれど、躊躇いはなかった。
「アズールッ!!」
わたしは火傷するのも構わず、高熱を発するアズールの身体を、背後から強く、強く抱きしめた。




