第18話 覚醒!黄金の暴君(3)〈アズール視点〉
「――カシム?どうしたの、そんなに慌てて」
ザラは、這うようにして現れた兄の姿を見て、不満げに眉をひそめた。
彼女にはまだ見えていないのだろう。カシムの背後に迫る、絶対的な死の気配が。
「ザラ……ッ!逃げろ、ここから離れるんだ!」
「は?何を言ってるの兄様。計画通り、あの女たちを同士討ちさせたんでしょう?なら、あとはあの綺麗な『月』のオモチャを回収して……」
「違うッ!あれは……あれはもう、人間じゃないッ!!」
カシムの絶叫に導かれるように、ボクは悠然と洞窟から足を踏み出した。
「おやおや。感動的な兄妹愛ですね」
ボクは二人を見下ろし、口の端を歪めた。
カシムが取り乱し、妹の腕を引こうとする。
だが、ザラはその意味を理解できない。彼女はボクを見る。
その瞳にあるのは、ボクという「美しい獲物」を値踏みする、下卑た所有欲だけ。
ああ、不愉快だ。
ボクは、こんな浅ましい女に値踏みされていたのか。
「ボクの視界に入らないでいただけますか?汚らわしい」
ボクの声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
だが、そこに含まれる圧倒的な「拒絶」と「支配」の響きを感じ取ったのか、ザラの顔から余裕が消えた。
「……なによ、その言い草」
ザラが不快げに眉をひそめる。
「あたしのペットになる分際で、飼い主に生意気な口をきくんじゃじゃないわよッ!!」
ヒステリックな金切り声と共に、彼女が指を鳴らす。
ズズズ……ッ!
砂地が波打ち、ボクの周囲を取り囲むように、数体のサンドワームが飛び出した。
牙を剥き出しにした巨大な顎。
けれど、今のボクには、それらがただの「塵」にしか見えない。
「……目障りだ」
ボクは、ワームたちを一瞥した。
ただ、視線を向け、そこに意識を集中させただけ。
ジュッ!!
「……え?」
ザラが間の抜けた声を上げた。
彼女の自慢の魔物たちは、ボクに触れることすらできず、瞬きする間に蒸発して消え失せていた。
砂に戻る暇さえない。ただの白い蒸気となって、空に溶けたのだ。
「あ……あぁ……?」
ザラが、理解不能な事態に唇を震わせている。
ボクは溜息をつき、ゆっくりと右手を彼女に向けた。
「理解力まで欠如しているとは。……哀れですね」
ボクは無防備に立ち尽くすザラに向けて、ゆっくりと右手をかざした。
「消えなさい。ゴミはいらない」
手のひらに黄金の熱が収束する。
放つ。
ただそれだけの動作。
詠唱はいらない。ボクが「燃えろ」と願えば、世界は燃えるのだから。
放たれた熱線が、ザラを捉える――その刹那だった。
「ザラッ!!」
黒い影が、ザラを突き飛ばした。
カシムだ。
ゴォッ!!
ザラが立っていた空間を、黄金色の火柱が貫いた。
反撃も、防御も許さない、絶対的な破壊の光。
「――ッ!!」
断末魔すら、許さなかった。
カシムの影は光に焼かれ、一瞬にして炭化し、黒い灰となって砂風にさらわれた。
「に……にい、さま……?」
突き飛ばされて砂に転がったザラが、震える声で呼びかける。
返事はない。
そこには、いままで彼女を守っていた兄の姿はなく、ただ舞い散る黒い煤があるだけ。
「う、そ……嘘よ……カシム?兄様……?」
ザラが震える手で、砂の上に落ちた黒い灰を掻き集めようとする。
だが、乾いた砂漠の風は無情にも、その痕跡さえも彼方へと運び去っていく。
「イヤァァァァァァァァッ!!兄様ァァァッ!!」
ザラの喉から、獣のような絶叫がほとばしった。
半狂乱になった彼女の魔力が暴走し、大気がビリビリと震える。
彼女の絶望と怒りに呼応するように、周囲の砂漠全体がどよめき始めた。
ズズズズズズ……ッ!
大地が割れ、砂が噴き上がる。
一体、二体ではない。数十、いや数百か。
ザラがこの街を沈めるために砂漠全域に埋め込んでいた「マナ・コア」が一斉に起動したのだ。
無数のサソリ、コウモリ、ワーム、そしてサーペント。
砂の魔物の大軍勢が、津波のように砂漠を埋め尽くしていく。
「許さない……許さない許さない許さないッ!!」
ザラは血走った目でボクを睨み、そして背後に広がるアクア・アルタールの街を指差した。
「殺してやる!お前も、この街の人間も、全員!砂の海に沈んで死ねェッ!!」
空を覆い尽くすほどの砂塵。
地平線を埋める魔物の群れ。
それは、一国の軍隊さえも容易く滅ぼすであろう、絶望的な光景だった。
だが。
「……くくっ」
ボクの口から漏れたのは、乾いた笑いだった。
「素晴らしい。実に素晴らしいですよ、予言者殿」
ボクは心からの称賛を送った。
彼女の執念。その物量。
「これほどの軍勢を用意するとは。あなたのその執着心と狂気だけは、評価に値します」
ボクは悠然と空を見上げた。
太陽が、ボクの頭上で灼熱を撒き散らしながら輝いている。
今のボクにとっては、あれすらも友のようだ。
「ですが――」
ボクは可笑しくてたまらないといった様子で、肩をすくめた。
「所詮は、砂遊びですね」
ボクの言葉に、ザラの顔が屈辱で歪む。
「この『真昼』の前では……数など、何の意味も持たないのですよ」
ボクの瞳の奥で、黄金の炎が爆ぜる。
『黄金色の心臓』が、世界を焼き尽くせと脈打っている。
「ふざけるな……ッ!行けェッ!!喰い殺せェェッ!!」
ザラの絶叫と共に、砂の津波がボクに、そして街へと雪崩れ込んでくる。
視界を覆う絶望の波。
けれど、ボクはただ笑っていた。
ああ、なんて心地いいんだろう。
全てを焼き尽くせる力が、この手の中にある。
ボクはゆっくりと、右手を天に掲げた。




