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第1話 国境のファッショニスタ(1)

乾いた風が頬を撫で、雪山とはまるで違う熱気が肺を満たす。

国境の街フォルトゥナ。帝国の南端に位置するこの街は、永劫砂漠へと挑む旅人たちが最後に羽を休める場所であり、物資と情報を交換する活気ある交差点だった。


「よし、商談成立ね。水と食料、それからソリ付きの三日月竜クレセント・ドレイクのレンタル料込みで、この価格。悪くない条件だわ」


わたしは商隊の主との交渉を終え、羊皮紙にサインをした。

交渉役はもちろんわたしだ。ブレイズだと威圧して相手を怯えさせてしまうし、アズールだと論理で詰めすぎて相手が泣き出してしまうから。


「へえ、こいつはいい面構えだ」


交渉を終えて戻ると、ブレイズが三日月竜の首筋をバンバンと叩いていた。

巨獣はブレイズの手のひらから伝わる覇気を感じ取ったのか、喉を鳴らして擦り寄っている。

象のように太く頑丈な四肢に、頭部から首にかけて広がる三日月型の巨大なフリル。


「そのフリルは放熱板の役割を果たしているそうです。合理的な進化の結果ですね」


隣でアズールが、興味深そうに、しかし直接触れるのは嫌なのか杖の先でツンツンとフリルをつついている。


「さて、次は……」

「もちろんお洋服、だわねェ?」


突然、強烈な香水の香りが砂埃を切り裂いた。

振り返ると、極彩色の布の山から、ぬっと巨影が現れる。

ローザと瓜二つの巨躯。けれど、その身を包むのは彼女のような派手な原色ではなく、黒と紫を基調としたシックで前衛的なモード系の衣装。


「カミラ……!」

「嘘でしょう……どうしてここに……」


わたしの後ろに、アズールがさっと身を隠した。

普段は不敵な笑みを浮かべているアズールが、青ざめた顔でわたしの影に身を潜めている。


「久しぶりねェ、ミリアちゃん!それにブレイズちゃんも!それに後ろに隠れてるのは……ふふふ、私の可愛いドールちゃんね?」


「ひっ……!」


カミラはバチンとウィンクを飛ばすと、わたしの背後に隠れるアズールにロックオンした。


「あらあら、ドールちゃんったら照れちゃって。お姉さんが綺麗にしてあげるから、こっちにいらっしゃい」


「け、結構です!間に合っています!」


アズールが悲鳴に近い声を上げる。帝都で無理やり女装させられそうになったトラウマは深いらしい。


ブレイズは腹を抱えて笑っている。

カミラは長い指でパチンと音を鳴らすと、部下の店員たちに指示を飛ばし、あっという間に通りの一角に即席の試着テントを設営させた。


「新作の買い付けと、砂漠のトレンド視察に来てたのよォ。ちょうどいいわ。あなたたち、新作の試作品のモデルになりなさい。もちろん、代金はサービスしてあげるわよォ」


断る隙も与えられないまま、わたしたちは極彩色のテントの中へと押し込まれた。


テントの中は、外の熱気が嘘のように涼しかった。

カミラが言うには生地に温度調節のルーンが織り込まれているらしい。


「まずは男どもからね。ブレイズちゃん、あなたはこれ!」


投げ渡されたのは、深い臙脂色のベストと、ゆったりとした白のハーレムパンツだった。

ブレイズは躊躇なく服を脱ぎ捨てると、新しい衣装に袖を通す。


「お、悪くねえな。動きやすいし、涼しいぜ」


鍛え上げられた褐色の肌が、白い布地によく映える。

前が開いたベストからは、分厚い胸板と割れた腹筋が惜しげもなく晒され、腹部に刻まれた傷跡さえも、野性的な色気を際立たせる装飾のように見えた。


砂漠の戦士のようなその姿は、彼の野性味をより一層引き立てていた。正直、かなり似合っている。喉が少し乾くのを感じた。


「次はドールちゃん!あなたにはこのシースルーの……」

「お断りします」


アズールは、カミラが差し出した薄布を杖で押し戻した。

彼は分厚い賢者のローブを頑として脱ごうとしない。


「なんだよアズール、その貧相な身体を晒すのが恥ずかしいのか?」


「野蛮人と一緒にしないでください。……いいですか、ボクのこのローブは、賢者の塔が開発した最高級の魔導繊維で織られています。内部の温度を一定に保つ術式が付与されているのですよ」


アズールは自らの濃紺のローブを誇らしげに撫でた。


「それに、永劫砂漠の脅威は日中の熱だけではありません。日が沈めば、気温は氷点下近くまで急降下します。その薄着で夜を越せるとでも?」


アズールの正論に、ブレイズが「チッ」と舌打ちをする。


「まあいいわ。さあ、ミリアちゃん、こっちへいらっしゃい!」


カミラに手招きされ、私はテントの奥にある衝立の向こうへと入った。

数分後。


「……どうかしら?」


私は少し照れくさい気持ちで、二人の前に姿を現した。

最初にカミラに着せられたのは、アクア・アルタールの伝統的な巡礼者を模した衣装だ。


頭から足先までを覆う薄紫色のヴェールと、身体のラインを完全に隠すゆったりとしたロングドレス。露出は手先と目元だけだというのに、カミラの仕立ての良さか、あるいは半透明のヴェールのせいか、どこか艶めかしさを感じさせる。


「……ほう」


ブレイズが低い声を漏らし、じっとわたしを見つめる。


「隠してんのに、妙にそそるな。そのベール越しに見える目が、獲物を狙う猫みてえでゾクゾクするぜ」


「同感ですね。露出そのものよりも、布の揺らぎが想像力を掻き立てます。ミリアさんの神秘性が際立っている」


アズールもまた、熱っぽい視線でわたしの全身をなめるように観察している。


「次はこれよ!」


カミラが手際よく次の衣装を差し出す。

今度は一転して、異国情緒溢れる機能的なスタイルだった。


鮮やかなオレンジ色の一枚布を、巧みなドレープを作って身体に巻き付ける、サリーのような衣装。

下は動きやすいゆったりとしたパンツだが、上半身は片方の肩と腕が大胆に露出している。


「こっちは機能性重視ね。剣も振りやすそう」


くるりと回って見せると、金の装飾品がシャラリと涼やかな音を立てた。

露出した肩に、二人の視線が吸い付くのがわかる。

ブレイズの視線は熱く肌を舐め回し、アズールの視線は布の隙間から見える鎖骨のラインを執拗に追っている。


「……悪くねえ。その無防備な肩に、俺の印を付けたくなる」


「機能美と官能の融合……計算され尽くした布の配置ですね。カミラ女史、侮れません」


二人の男たちに愛され、渇望される喜び。

わたしの中にある「強欲な女王」の部分が、もっと彼らを魅了したいと疼きだす。

わたしは小悪魔的な笑みを浮かべ、最後の一着を手に取った。


「ふふ、ありがとう。……でもね、最後にとっておきがあるの」


わたしは微笑み、人差し指を唇に当てウインクをした。


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