第16話 覚醒!黄金の暴君(1)〈アズール視点〉
ドクンッ——!
その瞬間、祭壇に鎮座していた『真昼の瞳』が、ボクの魂の悲鳴に呼応するように、爆発的な輝きを放った。
視界を覆い尽くす、黄金の光。
ミリアさんと兄さんの刃の煌めきが、互いの肌に触れる寸前で凍りついた。
カシムの、驚愕に見開かれた瞳が、静止する。
天井から滴り落ちる水滴が、空中で水晶のように停止した。
世界から、音が消えた。動きが、消えた。
いや、違う。
ボクだけが、弾き出されたのだ。
「……ここは?」
気がつくと、ボクはどこまでも続く黄金の砂漠に立っていた。
空には太陽などない。
空そのものが黄金に輝き、地平線の彼方まで熱砂がうねっている。
肌を焼くような熱気。喉が張り付くような乾燥。
『――汝、求めるものよ』
空から降ってきたのは、声ではなかった。
それは脳髄を直接焦がすような、圧倒的な「意志」の奔流。
『見えているぞ。汝の魂の奥底が』
「意志」は、ボクの魂を、まるで薄皮を一枚一枚剥いでいくかのように、その本質を暴き出していく。
『あの女への、狂信にも似た独占欲。あの男への、愛憎入り混じった執着。汝の願いは、あまりにも純粋であるがゆえに、あまりにも歪んでいる。氷の仮面の下に、世界で最も醜く、そして美しい、嫉妬と渇望の炎を隠し持っている』
黄金の光が、ボクの胸を透過し、心臓を鷲掴みにするような感覚が走った。
隠していたはずの、いや、ボク自身さえも目を背けていた本音が、白日の下に晒されていく。
兄さんへの嫉妬。
ミリアさんへの独占欲。
二人を失いたくないという恐怖。
そして何より――二人を「ボクだけのもの」にしたいという、醜いエゴイズム。
『汝は守りたいのではない。奪いたいのだ。世界から、運命から……あの女を、兄を、その全てを奪い尽くし、汝の手の中に閉じ込めたいと願っている』
醜く、独善的で、理性の欠片もない、ただの欲望。
だが、もう否定しない。偽りはしない。
「……そうだ」
ボクの魂が、内なる「意志」に応える。
「そうだ……!ボクは、欲しいのだ!あの人の笑顔も、あの人の涙も、あの人の苦悶さえも、全て!そして、あの人の隣に立つ、あの忌々しい男さえも……!」
賢者の仮面が砕け散り、剥き出しの本音が喉を震わせる。
「あの二人で完成された世界そのものを、この手に収め、ボクだけのものにしたいのだ!」
それは、慈愛や献身などという美しいものではない。
ただの傲慢。ただの渇望。
『――良かろう』
脳裏に響く「意志」の声は、ボクの歪んだ祈りを、まるで祝福するかのように肯定した。
『我は劫火となり、汝の前に立ちはだかる全てを焼き尽くそう。だが、敵を灼くだけではない。汝自身の魂をも、内側から永遠に灼き続けるだろう。その身は焦がれ、その心は渇き、二度と氷の静寂に戻ることはできぬ。それでもなお――』
その身を焼かれてもなお、求めるか?
そう問われた気がした。
迷いなど、一瞬たりとも存在しなかった。
ボクの脳裏に、ミリアさんの笑顔が浮かぶ。
聖母のような、全てを許す、陽だまりように暖かな微笑み。
ボクの脳裏に、兄さんの背中が浮かぶ。
憎みながらも、追いかけ続けていた、太陽のように眩しい背中。
あの二人を失う絶望に比べれば。
永遠の業火に焼かれる苦しみなど、羽毛が触れるほどの痛みにも値しない。
「――構わない」
ボクの魂が、決然と答える。
「たとえこの身が灰燼に帰そうとも。たとえこの魂が永遠に灼かれ続けようとも。ボクは、あの二人を守りたい。いや、違う……」
ボクの視界が、魂が、黄金色に染め上げられていく。
「ボクが、欲しい。ただ、それだけだ」
傲慢で身勝手な覚悟。
それを聞いて、「意志」は、満足げに、そしてどこか楽しげに宣言した。
『――ならば与えよう。その傲慢、その渇望こそが、我が力を使うに相応しい鍵となる』
『その身に、太陽の心臓を宿すがいい、我が愛しき暴君よ』
次の瞬間、黄金色の光の全てが、奔流となってボクの魂へと雪崩れ込んできた。
ゴウッ!
現実世界で、ボクの身体から、世界を穿つような巨大な炎の柱が噴き上がる。
天を衝かんばかりの、純粋なる破壊の奔流。
「ぐ……あああああああああっ!?」
ボクの喉から、絶叫がほとばしる。
熱い。
熱い、熱い、熱い。
魂が、内側から燃やされている。
これまでボクを形作ってきた、静寂の魂が、冷徹な理性が、この抗いがたい黄金の灼熱によって、強制的に溶かされていく。
だが――不思議と、苦痛はなかった。
むしろ、心地よいとさえ感じていた。
分厚い氷の中に閉じ込めていた「本当の自分」が、ようやく解放されるかのような根源的な歓喜。
凍てついていた魂が溶け、灼熱と混じり合い、新たな「自分」へと再構築されていくのを感じる。
ああ、そうか。
もう、何も抑える必要はない。
もう、何も偽る必要はない。
欲しいものは、欲しいと叫べばいい。
邪魔なものは、全て焼き尽くせばいい。
そうだ、これが、ボクの本当の姿なのだ。
やがて、天を突いていた炎の柱が、まるで主の元へと還るかのように、急速にボクの身体へと収束していく。
圧縮された熱量が、心臓の鼓動と重なる。
ドクン、と世界が脈打った。
静止していた時間が、再び動き出す。
天井から滴り落ちる水滴が、湖面に波紋を広げる。
ミリアさんと兄さんの刃が、互いの命脈を断とうとする、その最後の刹那。
だが――その刃が肌に触れることは、決してなかった。
収束した炎が、今度は爆発的な熱風となって、ボクを中心に全方位へと解き放たれたからだ。
「なっ……!?」
「ぐっ……!」
その灼熱の衝撃波は、ミリアさんと兄さんの身体を、まるで羽のように軽々と吹き飛ばし、強制的に引き離した。
二人は洞窟の壁に叩きつけらる。
同じく、ボクを押さえつけていたカシムもまた、紙切れのように吹き飛ばされ、湖畔の岩壁にその身を強かに打ち付けていた。
洞窟内に満ちていた黒い霧は、ボクが放った絶対的な熱量によって、一瞬にして蒸発し、消滅していた。




