第13話 水底の泥龍(2)
「どこかに隙があるはず……」
わたしは岩の隙間から、濁った湖面を睨み据えた。
ザパンッ!
水面が割れ、再びサーペントが鎌首をもたげる。
狙いはわたしたちの隠れている岩だ。大きく息を吸い込み、喉元が膨れ上がる。
「させるかッ!!」
ブレイズが咆哮と共に踏み込もうとするが、足場の悪い泥地ではトップスピードに乗れない。
アズールも体勢を立て直したばかりで、防御魔法の展開が間に合うかどうか怪しい。
けれど、わたしの目はある一点に釘付けになっていた。
ブレスを吐くために大きく膨れ上がった、サーペントの喉元。
カッと口が開かれ、魔力が充填されるその瞬間、喉の下――顎の付け根あたりの鱗が、排熱するかのようにスライドして開いたのだ。
その奥で、ドクンと脈打つ不吉な赤い輝き。
「……見つけた」
間違いない。あれが核だ。
普段は分厚い砂の装甲と鱗に守られている急所が、攻撃の瞬間にだけ、無防備に晒されている。
「ブレイズ、アズール!顎の下よ!」
わたしは双剣を構え、叫んだ
その刹那。
背後から、ヒュンッ!という鋭い風切り音が鼓膜を掠めた。
銀色の閃光が、暗闇を切り裂いて一直線に伸びる。
カシムが投擲した曲刀だ。
回転する刃は、ブレスを吐き出そうとしていたサーペントの無防備な喉元――わたしが指摘した赤く脈動する核へと、吸い込まれるように突き刺さった。
ガギィンッ!!
ギャアアアアアッ!!
サーペントが苦悶の悲鳴を上げる。
コアを破壊させるには威力が足らなかったらしい。
しかし、充填されていたブレスは霧散し、その巨体は痛みに耐えかねたようにのたうち回ると、ドボォン!!と盛大な水飛沫を上げて、逃げるように濁流の中へと姿を消した。
「……ッ、助かった!」
わたしは思わず拳を握った。
振り返ると、カシムが何事もなかったかのように、もう一振りの曲刀を構え直しているところだった。
わたしの声を聞いた瞬間に、一切の躊躇なく、しかも正確無比に弱点を射抜いたのだ。
恐ろしいまでの反応速度と、投擲技術。
けれど、これで奴の弱点は明らかになった。
わたしは岩陰に身を隠したまま、荒い息をつくアズールの肩を掴んだ。
「アズール、この湖全体を凍らせて」
「はい……っ!?」
アズールが目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。
「無茶です!あれだけの水量を完全に凍結させるには、膨大な魔力と時間が必要になる。その前に、ブレスでやられてしまいます!」
「全部じゃなくていいの!」
わたしは彼の言葉を遮り、強く言い放つ。
「表面だけでいい。奴が水中に逃げ込めないよう、水面に『蓋』をしてほしいの。一瞬でいいから!」
「蓋……ですか」
アズールの瞳に、理解の光が宿る。
深くまで凍らせる必要はない。水面という境界線さえ塞いでしまえば、奴の最大の武器である「水中への退避」を封じることができる。
薄氷一枚でも、アズールの魔力で硬度を高めれば、あの巨体でも容易には潜れないはずだ。
「……なるほど。それならそれほど時間をかけずに発動可能です。ですが――」
アズールは杖を握り締め、湖面を見据える。
「術式を展開する間、ボクは無防備になります。それに、奴が水面から顔を出しているタイミングでなければ意味がない」
「ええ、わかってる」
わたしは双剣を抜き放ち、隣でウズウズしているブレイズを見上げた。
「その『隙』は、わたしとブレイズで作るわ」
「へっ、そういう役目は得意だぜ!」
ブレイズがニカリと凶悪な笑みを浮かべ、大剣を肩に担ぎ直す。
「了解しました。……信じていますよ」
「ええ!」
「おうよ!泥遊びは終わりだ!」
カシムは無言のまま、わたしたちの後方支援に回るようだった。
「行くわよッ!!」
わたしは深く息を吸い込み、岩陰から飛び出した。
「オラァッ!出てきやがれ!!」
ブレイズが足場の悪い泥地をものともせず、ドカドカと水際まで踏み込み、大剣の腹で水面を叩きつけた。
バシャンッ!!
盛大な水飛沫と挑発に、地底湖の主が反応しないわけがない。
ゴポォッ!!
直後、怒り狂った咆哮と共に、サンドサーペントが水面を割って躍り出た。
狙いは騒々しいブレイズだ。
グルルルァァッ!!
「へっ、単純な野郎だぜ!」
サーペントの巨体がブレイズにのしかかる。
ガギィィィィィンッ!
ブレイズが振り下ろされた尻尾を大剣で受け止める。
続けてその琥珀色の瞳がギョロリとわたしを捉えた。
巨大な鎌首が、ブレイズを押し潰したまま、わたしに向かって毒牙を剥こうとした、その時だった。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!!
鋭い風切り音と共に、三条の銀閃が駆ける。
カシムが放った投擲用の短剣が、サーペントの鼻先と、眼球のギリギリを掠めて突き刺さる。
ギャッ!?
予期せぬ方向からの痛み。
サーペントが驚いて首を振り、ブレイズを押さえつけていた尻尾の力が一瞬だけ緩んだ。
「今だ、退け!」
カシムの短く冷徹な声が響く。
彼はいつの間にか岩場の上に移動しており、曲刀を構えながら、サーペントの視界を攪乱するように動いていた。
決して深追いはせず、あくまでわたしたちが潰されないように、絶妙なタイミングで介入してくる。
「へっ、気が利くじゃねえか無口野郎!」
ブレイズはその隙を見逃さず、咆哮と共に大剣を押し返し、拘束から脱出した。




