第11話 地下水源の怪異(3)
頭上から、ガラスを引っ掻くような不快な羽音が降り注いだ。
「キィイイイイッ!!」
見上げれば、天井の鍾乳石に張り付いていた砂の塊が剥がれ落ち、空中で翼を広げた。
サンドバット。
翼開長は一メートルほど。鋭い牙を剥き出しにして、不規則な軌道で急降下してくる。
「今度は上かよ!!」
「落ち着いてください。空中にいようと、的であることに変わりはありません」
アズールが杖を頭上へ掲げる。
「絡め取れ――『氷の蔦よ』!」
彼が杖を一閃させると、冷気を纏った無数の氷の蔦が天井へ向かって伸び上がり、空を舞う蝙蝠たちを次々と捕縛した。
カキン、と音がして翼が凍りつき、動きが鈍る。
「ナイスよ、アズール!」
わたしは壁を蹴り、宙に縫い留められた獲物へと跳躍した。
身動きの取れないコウモリなど、ただの泥人形だ。
双剣が銀色の軌跡を描き、凍りついた砂の翼を根元から斬り飛ばす。
「落ちなさいッ!」
翼を失ったサンドバットたちが、砂の塊となって地面に墜落する。
ドシャッという衝撃で身体を構成する砂が緩み、その胸部に埋め込まれた赤いコアが飛び出した。
わたしは着地と同時に双剣を振り下ろし、無防備なコアを次々と粉砕していく。
「片っ端から落としていくわよ!アズール、次は右の――」
わたしが次の指示を出そうとアズールの方を向いた、その時だった。
空の敵に気を取られ、杖を掲げていたアズールの足元。
その砂地が、音もなく液状化し、渦を巻き始めた。
「――ッ!アズール、下ッ!!」
わたしの警告よりも早く、砂の中から巨大な円筒形の怪物が飛び出した。
サンドワーム。
無数の牙が並ぶ大口が、アズールを丸呑みにしようと迫り来る。
「しまっ――!?」
アズールが気づいた時には、もう回避は間に合わない。
鋭い牙が並ぶ円形の口が、アズールの上半身を捉えようとした瞬間――。
「てめえの相手はこっちだ、ミミズ野郎ッ!!」
ガギィィィンッ!!
骨が砕ける音の代わりに響いたのは、硬質な金属音だった。
食われる寸前のアズールの頭上で、ブレイズの大剣『大地割り』が、サンドワームの上顎と下顎の間に杭のように突き立てられていたのだ。
鋼鉄をも噛み砕くワームの牙が、大剣に食い込む。
ブレイズが剛腕で大剣を支え、閉じようとする顎を無理やりこじ開けている。
ワームは獲物を飲み込めず、不快そうに身をよじって砂を撒き散らした。
「兄さん……!」
「ぼさっとしてんじゃねぇ!アズール!口の中にぶち込め!!」
「まったく、無茶苦茶な止め方ですね!」
アズールは瞬時に体勢を立て直すと、兄がこじ開けた口腔の奥へと杖を差し向ける。
「風よ――『爆ぜろ』!!」
ドォォォン!!
空気が爆発する。
風圧はワームの体内を駆け巡り、内側から砂の肉体を吹き飛ばした。
ワームが苦悶にのたうち回り、結合が解けた砂が吹き飛ぶ。
その口腔の奥、喉のあたりに、両手に乗る程の巨大なコアが露出した。
「へっ、見えたぜ!!」
ブレイズはニヤリと笑うと、大剣から片手を離し、握りしめた拳を弓のように引き絞った。
「砕けろォッ!!」
ドォン!!
渾身の正拳突きが、赤く輝くコアを直撃する。
拳の一撃でコアが粉砕され、巨大なワームの身体が内側から爆散する。
大量の砂が降り注ぐ中、ブレイズは「ペッ、砂が入った」と悪態をつきながら大剣を回収した。
アズールが呆れたように、けれど安堵した表情で砂を払っている。
「……助かりました。ですが、もう少しスマートな方法はなかったのですか?おかげで砂まみれですよ」
「へっ。素直じゃねえな。『ありがとうございます、ブレイズ様』だろうが」
悪態をつきながらも、二人は拳と杖を軽くぶつけ合い、互いの健闘を称え合っている。
わたしはホッと息をつき、周囲を見回す。
空を舞っていたサンドバットの残党は、すでに全滅していた。
少し離れた場所で、カシムが涼しい顔で最後のコアを踏み砕いているところだった。
「…………」
彼もまた、わたしと同じように、墜落したサンドバットのコアを的確に処理していたらしい。
襲い来る爪を紙一重でかわし、すれ違いざまに曲刀で砂を斬り裂く。
そして体勢を崩した個体のコアを、逆手の短剣で正確に突き砕く。
息一つ上がっていないその様子に、わたしは改めて警戒心を強めた。
……やっぱり、ただ者じゃないわね。
「……ミリアさん」
ふいに、耳元で衣擦れの音と共に、冷ややかな声が囁かれた。
振り返ると、アズールがわたしの肩についた砂を払うふりをして、顔を寄せていた。
その青い瞳は、氷のような鋭さでカシムの背中を睨み据えている。
「あれは誰かを『守る』ための剣ではありません。対象を『殺す』ために純化された、対人暗殺術の動きです」
アズールの指摘に、背筋が粟立つ。
魔物を相手にしていながら、彼の身体に染み付いた動きは、対「人」を想定したものだったのだ。
「背中は預けない方がいい。いつその刃が、ボクたちの首に向けられるかわかりませんから」
「……分かったわ」
わたしが短く頷くと、アズールは一瞬だけ安堵したように目を細め、すぐにいつもの涼しい顔に戻った。
「先へ進もう。最深部は近い」
カシムは何事もなかったかのように砂にまみれた曲刀を一振りし、暗い洞窟の奥を指し示した。




