第10話 地下水源の怪異(2)
洞窟の入り口をくぐると、ひやりとした湿気が肌にまとわりついた。
けれど、それは水の清涼感とは程遠い。腐った泥と、乾いた砂が混ざり合ったような、鼻をつく異臭が漂っている。
「――来るぞ」
カシムの短く鋭い警告と同時に、洞窟の奥からザザザッという不快な擦過音が響いてきた。
ひやりとした湿気を含んだ空気の中に、乾いた砂の臭いが混じる。
闇の中から姿を現したのは、琥珀色のガラス質の甲殻を持つ、人間ほどの大きさもあるサソリの群れだった。
「チッ、歓迎してくれんじゃねえか!」
ブレイズが舌打ちし、大剣『大地割り』を横薙ぎに振るう。
ゴォン!!という衝撃音と共に、砂のサソリは原形を留めず粉砕され、ただの砂煙となって霧散した。
「へっ、ただの砂人形かよ。手応えがねえな」
ブレイズが鼻を鳴らした。
しかし――。
ザ……ザザ……。
散らばった砂が、まるで生き物のように蠢き、瞬く間に元の一点へと集束していく。
ほんの数秒。
そこには、傷一つないサンドスコーピオンが再び姿を現していた。
「ああん?なんだこいつら」
「物理的な打撃は効果がないようですね。——ならば」
アズールが杖『蒼天詠み』を掲げる。
「『凍てつけ』!」
絶対零度の冷気が放たれ、再生したばかりのサソリたちを一瞬で氷像へと変えた。
カキン、と硬質な音が響き、動きが止まる。
しかし、それも束の間だった。
氷の表面にピキピキと亀裂が走り、内側からの圧力で氷像が砕け散る。
中から現れたのは、再び砂状に戻り、何事もなかったかのように再生したサソリたちだった。
「なっ!?」
アズールが目を見開く。
「こいつら不死身かよ!?」
「再生速度が異常です……。これでは足止めにもなりませんね」
二人が防戦に回る中、わたしは双剣『星屑』と『流星刃』でサソリのガラス質の針を弾き返しながら、目を凝らした。
不死身なんてありえない。どんな魔物にも必ず理屈があるはず……。
ブレイズが再び大剣で砂の巨躯を粉砕する。
舞い上がった砂塵が、意思を持ったように渦を巻き、瞬く間に元の形へと収束していく。
その光景に違和感を覚えたのは、わたしだけではなかった。
「……ミリアさん、今のを見ましたか?」
背中合わせになったアズールが、鋭い声で囁く。
「ええ。砂が集まるあの一瞬……中心で何かが光った」
「魔力があの一点にだけ異常に集中しています。あれは自然発生した魔物ではありません」
アズールが杖先を向け、冷静に分析を加える。
「人の手によって作られた魔物……『マナ・コア』を核とした自律駆動型のゴーレムです」
わたしたちの思考がカチリと噛み合う。
普通に攻撃しても砂が衝撃を吸収し、即座にコアを覆い隠してしまう。
急所が露わになるのは、砂が肉体を再構築するその刹那だけ。
二人の目が、同時に正解を導き出していた。
「なら、手順を変えればいいだけのことね」
「ええ。核さえ露出させれば、脆いものです」
わたしは双剣を構え直し、ニヤリと笑うアズールと視線を交わした。
「ブレイズ、聞いて!ただ叩くだけじゃダメよ!」
「ああん?じゃあどうすりゃいいんだよ!」
「思いっきり吹き飛ばして!砂が戻る隙をアズールが広げるから!」
「任せてください。中身を丸裸にして差し上げますよ」
わたしたちの意図を、前衛のブレイズも瞬時に理解したようだった。
「へっ、なるほどな!!」
阿吽の呼吸。
ブレイズが地面ごと抉り取るような轟剣を放つ。
衝撃波で数体のサソリが弾け飛び、ただの砂煙となる。
すかさず、アズールの杖が閃いた。
「『風よ』!」
アズールの放った突風が、集まろうとしていた砂を四方八方へと強制的に散乱させる。
砂の鎧を剥がされた空中に、赤く輝く拳大の結晶体が無防備に浮かび上がった。
「そこッ!!」
わたしは地を蹴り、無防備なコア目掛けて双剣を走らせた。
キィン!という硬質な音と共に、赤い結晶に亀裂が走り、砕け散る。
核を失った砂は、もはや生き物のように動くことはなく、ただサラサラと地面に崩れ落ちていった。
「っしゃあ!これならいけるぜ!」
ブレイズもまた、露わになった核を大剣で器用に叩き割り、次々と敵を沈黙させていく。
攻略法さえ分かれば、こちらのものだ。
ブレイズの破壊力とアズールの精密な魔法制御、そしてわたしの遊撃。
三人の連携で、サソリの群れは次々とただの砂山へと還っていく。
ふと、視界の端で黒い影が動いた。
カシムだ。
「…………」
彼はわたしたちの連携には加わらず、漏れた個体を淡々と処理していた。
その動きは、舞踏のように洗練されている。
右手の曲刀が砂の身体を切り裂き、再生しようとする砂を左手の曲刀が生み出す風圧で払い退ける。
そして、露出したコアを、返す刀で正確に突き砕く。
一連の動作に一切の無駄がない。
「……やるな」
隣でブレイズが感心したように口笛を吹いた。
「ええ、動きに無駄がない。兄さんにも見習ってほしいくらいです」
「ああん?」
アズールの目もカシムの技量を油断なく評価していた。
最後の一匹が崩れ落ち、洞窟に再び静寂が戻る。
カシムは無言で曲刀についた砂を払い、鞘に納めた。
呼吸一つ乱れていない。
「お見事ね」
声をかけると、彼は曲刀についた砂を振り払い、感情のない瞳をこちらに向けた。
「……護衛の務めを果たしているだけだ」
カシムは感情のない声でそう告げると、再び闇の奥へと足を踏み出した。
わたしはその背中を見つめ、双剣を強く握り直した。
あの動き……ただの護衛じゃない。
警戒を強めながら、わたしたちは地下深くへと続く暗い道を下っていった。




