第13話 融合魔法
「わあ! あんなところに時の城が見える! ウォール街も見えるよ! ちっさーい!」
「ちょ、ルカ! しっかり捕まっとけよ!」
ウィルが慌てたように乗り出していた私の腕を掴む。下を見れば、雲の合間から時の城が小さく見え、ウォール街の大通りが見えた。
昨日行った薬屋のある路地裏に、じいや行きつけのWANDの店。ウォール街で有名なお菓子屋さんに、いつも繁盛しているおもちゃ屋さんまで見える。
「まさか、こんな手があったとはな。汚いと言えば汚いけど」
と言いながら、ウィルは何とも言えない表情で私たちが乗っているものへと視線を落とした。
私もウィルにつられて視線を落とす。そして、その白く美しい毛並みを優しく撫でた。
「送ってくれて、ありがとう。獅子」
私がそう言えば、獅子は返事をするように「ガルルル」と一声上げた。
―― 何を隠そう、私たちが乗っているのは、春の番人獅子の上だ。
シャルルの良い考えというのは、ノアの使い魔でもある獅子を使うことだった。シャルルもウィルもペガススとオリオンの使い手だけど、ペガススは一人しか乗れず、オリオンはそもそも人を乗せることができない。それに獅子は人二人横に座って飛べるほど、とても体が大きい。四人は運べるんじゃないかと思うくらい人を運ぶのにもってこいなのだ。
あれからシャルルは、まだ眠そうにダイニングルームで朝食を食べているノアを玄関先に引っ張り出し、ノアの魔法で獅子を呼び出した。
私と似て朝が弱いノアは、寝ぼけて魔法で剣やら盾やら無数の武器を取り出し、終いにはどこに隠し持っていたのか、私の幼い頃の写真や私が書き殴ったノアの似顔絵までぽんぽん出てきた。
もちろん、悲鳴を上げた私の横でウィルはノアからその他もろとも没収した。
「まさか、黒騎士の団長の象徴とも言われる霊獣の上に乗せてもらう日が来るなんてな……こんなの他の生徒に見られたら入学早々、悪い意味で目立っちまうぜ」
ウィルがまるでこの世の終わりのような表情で街を見渡しながら言った。
「まあそんな細かいことは気にしない! そんなの誰も見てないわよ!」
「……おまえはほんとお気楽でいいよな」
ウィルが恨めしそうに私を視線を送る。
「少なくとも先生に見られでもしたら職員室に呼び出しもんだな。はあー」
とため息ともぼやきともつかない声でウィルが額に手を当てた。そんな暗い顔を横目に「大丈夫大丈夫!」とウィルの肩を軽く叩く。
「ささーっと降りて、ささーっと校舎に入っちゃえば良いんだから! そんなの一瞬よ! 一瞬!」
「おまえなぁ……」
「それより、友達ができるか不安じゃないの? 私はもう不安すぎて夜も寝れなかったわ」
「……あんな遅刻ぎりぎりまでぐうすか寝てたやつが何言ってんだよ」
ウィルが呆れたような視線を送る。
「やっぱクラス分けとかあるのかな〜? 友達できるといいなぁ」
「友達が欲しかったら、まずはその性格をどうにかするんだな」
「な、何よ! 私の性格が悪いって言いたいの!」
ウィルの言葉にムッとする。
「悪いとは言ってないだろ。昨日だって朝が早いって言ったばっかりなのに、まるでそんなの聞いちゃいないってくらいの爆睡しやがって」
「う……」
その言葉に何も言えなかった。そうだった。昨日寝る前に明日は朝が早いと念を押されていたのに当の私は寝てからというもの綺麗さっぱり忘れ、しまいには入学式があるということさえ忘れていた。どう考えても私に怒る資格なんてない。
なんだか急に申し訳なくなってきて、
「ご、ごめん……」
と俯いて呟くように言えば、
「ま、別に日常茶飯事だからどうってことないけど」
そう言ってウィルが私の頭を軽く叩いた、そのときだった。
「ガルル」と獅子が何かを知らせるように一声吠えた。
「どうしたの?」
と獅子の顔を覗き込むと、獅子は下を見ろと言わんばかりに首を落とす。獅子の視線の先―― 雲間から覗いて見えたのは、帝都の街並みを見渡せる高台に、まるで古いお城のようにそびえ立つ校舎だった。中庭には芝生が生え、教会や塔のようなものも見える。どうやら王立魔法学校についたようだ。
「まずいな、あと五分しかない。悪いな、獅子。このまま下に降りてくれ」
ウィルが切羽詰まったように腕時計と校舎を見下ろしながら言った。その言葉に呼応するかのように獅子は一気に下に―― 王立魔法学校に向かって急降下する。何の前触れもなく急降下したものだがら、慌ててウィルの腕にしがみついた。
「ぎゃー!」
まるで激しいジェットコースターにでも乗っているかのようだ。それも命綱はない、獅子の体から飛び出ようものなら、地面に体を叩きつけて一巻の終わりだ。
「ちょ、おまえ! 獅子に! 獅子に捕まれよ!」
「無理! 無理だよ! ウィルの腕離したら、私死んじゃう!」
ウィルも急降下したことで体勢を崩し、片手で獅子の長い毛を掴んでいた。私がウィルの腕を、ウィルが獅子の毛を離したら、二人一緒に地面に真っ逆さまだ。
獅子の背に乗って地面に降り立つというよりは、まるで地面に吸い込まれるように〝落下〟していく私たちの耳に呪文が聞こえたのは、地面があと数メートルに差し迫った、そんなときだった。
「―― 水よ、我が望むままに姿を変えよ。ウォーター・ボール」
凛とした声で呪文を唱える声が聞こえた。その途端、急降下していた私たちの体をかかっとまばゆい光が包み込む。
(え⁉︎ なに……?)
眩しい光で目を開けていられない。まさか死んでしまったのかと恐る恐る目を開けてみれば、
「な、なにこれ――⁉︎」
なんと、私とウィルは大きな丸い水の膜に包み込まれていた。
「これは……」
ウィルが驚いたように目を見張る。まるで落下の衝撃から守るように一つの大きなシャボン玉が私たちを包み込んでいる。
「ど、どうなってるの……!?」
私が驚いた声を上げれば、ウィルは、
「……融合魔法だ」
と水の膜を見つめたまま、やけに冷静な表情で呟くように言った。その聞き慣れない言葉に「えっ⁉︎ 融合魔法って、なに⁉︎」と聞き返す。
足元を見れば、地面はもうすぐそこまで迫ってきている。それでも速度を変えずに落ちていくシャボン玉に「ひぃっ」と両足がわなわな震えた。
「こ、これって、このまま落ちていって、大丈夫なの―――っ!?」
私が叫ぶように言ったとき、ばちんとシャボン玉が地面に触れて弾け飛んだ。その衝撃に「きゃあっ」と思わず目を瞑る。
(た、助かったの……?)
恐る恐る目を開ければ、私たちは白い砂利の上に立っていた。どうやら無事地面に降り立ったようだ。
「た、助かった……」
私は全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。死んでしまうかと思った。ちらりと横に視線を落とせば、獅子は涼しい顔で毛繕いをしている。
(もう背中に乗せてもらうのはやめにしよう……)
その姿を見てそう固く胸に誓ったとき、
「誰がやったんだろうな、こんな魔法……」
私の隣で突っ立ったままでいたウィルが真剣な表情で呟くように言った。
「どうしたのよ?」
ウィルの言葉に乱れた髪を整えながら聞き返せば、まるで誰かを探すようにあたりを見回す。
「……この魔法は、高度な融合魔法だ。それも水の魔法と防御魔法を融合させた魔法」
「水の魔法と、防御魔法?」
ウィルの言葉に首を傾げる。
「ああ。水を利用してある程度の衝撃から対象を守ることができる。……こんな卒業レベルの融合魔法、一体誰がやったんだろうな」
「誰って、この学校の生徒じゃない? 入学早々空から落ちてくる私たちを頭の良い人が哀れんで助けてくれたのよ」
「哀れんでってなぁ。助けてくれたお礼を言いたかったんだけど。……まあ、いっか」
ウィルは探すのを諦めたのか、少し乱れた制服を整えると、座り込んだままでいる私を引っ張り上げた。
「もう時間がない。早く学校に入るぞ」
そう言って、まだちらほらと生徒の姿が見える正門へと足早に歩き出す。どんどん遠くなっていく背にここではぐれたら迷子になりかねないと慌てて制服についた砂を払うと、
「ちょっと待ってよ!」
とウィルの背を追いかけた。




