一人の夜 その1
目をつむっていると、夜って静かなんだなあ、って染み入るように思う。
何も聞こえてこない空間は、ぽつんと一人取り残されたみたいだった。
……一人取り残されたっていうのは、間違いでも無いんだけど。
今、わたしの隣に結季ちゃんはいない。
広すぎるベッドの上で一人きりだ。
さすがに最近泊まったり泊めたりし過ぎなんじゃない? って、結季ちゃんちのおばあちゃんに突っ込まれちゃったから、しょうがないんだけど。実際月単位で一緒だったし。
小さく吐いた溜め息が、静かな部屋に広がっていく。あまりにも音がしっかり聞こえてきて、一人しかいないんだってことを改めて実感させられた。
ここ最近結季ちゃんがいる夜しか過ごしてなかったから、余計にさみしい。
夜がわたしに染み込んで、内側から氷みたいな静けさが覆っていくような。
痛いぐらいに冷たくて、結季ちゃんの暖かさが恋しくなる。
とはいえ、文句は言えない。
ただでさえ、結季ちゃんち(というか結季ちゃんのおばあちゃんの家なんだけど)をかなり自由に使わせてもらってるんだもん。
冷蔵庫の中身把握してるし、大抵の道具の場所知ってるし、合鍵も持ってるし。
……最後のは結季ちゃんのおばあちゃんしらないかもだけど。
それなのにもっともっとと要求するのは、どうなんだろう、って。
結季ちゃん狂の自覚はあるけどそれくらいの分別は持っている。
……分別なんて投げ捨てておけばよかったなあ。なんて。ベッドの上で静かに思う。
記憶の中の一人の夜より、本物はずっと強大だった。
「……結季ちゃん」
ほとんど泣き言みたいな声が、暗い部屋に浮かんで、消える。返事は当然こない。
盗聴のアプリ、残しておけばよかったかなあ。
盗聴のアプリ使ってたときは結季ちゃんより法律のほうが比重大きかったけど、今は正直一に結季ちゃん二に法律な気がする。
法律守っても結季ちゃんがいないなら意味ないもん。
……そう、結季ちゃんがいないと。
「結季ちゃん」
また泣き言みたいな声が夜の空気に旅立っていった。今回は本当に半泣きだ。
おとぎ話みたいに、風に乗って結季ちゃんの元に伝わっていかないかなあ。なんて。
……なるわけないよね。何考えてるんだろうわたし。あからさまに、久し振りの孤独にやられてしまっている。
はやく寝なきゃ。
どれだけ泣いたところで結季ちゃんは隣に現れないし、今は夜の二時だし。
早く寝ないと明日の学校に響いてしまう。
何も考えないようにして、また目をつむる。
「……うーん」
なんか、体勢が違うような……。
そう思ってごろごろと転がって、良い感じの体勢を見つけようとする。だけどどうしても落ち着かない。
「うーん」
仰向けになったり、うつ伏せになったり。体を丸めてみたり、逆に大の字になったり。
「あいたっ」
している内に、何かにぶつかった。
多分、壁だとは思う。
「えっ」
ベッドが壁にくっついているんだから、転がり回っていれば壁に当たるのは当然で。なのにそれがひどくおかしなことのように思えて。
「あ」
そっか。いつもは壁とわたしの間に結季ちゃんがいるから、絶対に当たんないんだ。
ぶつかったのは、結季ちゃんがいないから。
結季ちゃん、なんでいないのかな。
寂しい。会いたいな。
だめ、考えないようにしなきゃ。
考えないように。
考えない。
考え……。
考えないって、無理じゃない?
寂しいものは寂しいし、会いたいものは会いたいし。
……うん。やっぱり無理。
結季ちゃんが居ないってだけで怖いし、寂しいし、空しいし。それなのに結季ちゃんのことを考えないようにするって言うのは難題にも程がある。
いつもとの違いを見つける度に、結季ちゃんがいるときのことを思い出しちゃうし。
例えば、結季ちゃんの抱き心地。体から伝わってくるはずの安心感がないし、腕は結季ちゃんという巻き付き先を失って落ち着かない。
自分の定位置が定まらないのも、結季ちゃんが居ないからだと思う。睡眠を取る場所は結季ちゃんの隣。なんて頭の中で定義されているのかもしれない。
後は暖かさも見過ごせない。布団も布団で暖かいんだけど、結季ちゃんの体温とはなんというか質感が違うというか。
……抱き枕みたいにすれば違うのかな?
パッと思い浮かんで今着ている布団を引っぺがす。そのまま適当に丸めて、結季ちゃんにしているみたいに腕を回した。
ぼふっと音がして、腕が布団に食い込む。当たり前だけど結季ちゃんとは違う。
抱き心地は〇点で、暖かさは……。
暖かさも、正直〇点。結季ちゃんみたいな安心感がないし、わたしの体温が凝縮されたみたいに思えてちょっと気持ち悪い。
わたしなんかいいから結季ちゃんが欲しい。
寝られそうとは程遠い感じだ。
このまま寝られないのかな、わたし。
せめて、暖かさが欲しい。結季ちゃんみたいに、包みこんでくれるような。
……包みこむと言えば、結季ちゃんの服とか?
結季ちゃんのパジャマ……着てみる?
「いやいやいや」
いきなり思い浮かんだその考えに、思わず首を横に振る。
「なんでそんな、変態みたいなこと……」
結季ちゃんに許可取ってないし、許可取ってたとしてもちょっと壁があるというか。
好きな人の服を着るのはまだましそうだけど、好きな人のパジャマってなるとちょっと変態チックというか、なんというか。
だけど、一番気になってるのは結季ちゃんのパジャマで。
考えてみたら服の交換ってやったことなかったし。お揃いの服は何着も……むしろお揃いしかないから交換したことがないんだ。
だからお揃いじゃないパジャマが気になっているのかもしれない。やましいことは決してない、はず。
そもそも別に結季ちゃんのパジャマを着るって悪いことじゃないし。うん。
そう思うと、着てみたくなるような。
いややらないけど。やらない。
……やらないって。
だけど、一回生まれた欲望はそう簡単には止められなくて。
いつの間にか、電気がついた部屋のクローゼットの前にわたしは立っていた。
「ここまで来ちゃったからには……」
なんて、言い訳するように独りごちて、クローゼットを開けた。
水色と白のチェック模様のパジャマを取り出して、着替える。
その間何も考えたりはしなかった。
というよりは緊張と興奮とで思考のキャパシティがオーバーしていただけなんだけど。
それで結季ちゃんのパジャマの感想は、ぶかぶかで、袖は余ってるし、なんだか変な感じ。
明らかに自分のものじゃなくて、時々残像みたいに張り付いた結季ちゃんの雰囲気を感じる。
布団なんかと違って、確実に結季ちゃんだ。
血が上りすぎて動作不良を起こした思考のまま、電気を消して、布団に潜り込む。
静かになった部屋の中でようやく、わたしの心臓が落ち着きとは正反対の動き方をしていることに気付いた。
……逆に寝られないんだけど。これ。
結季ちゃんのパジャマの袖に顔を埋めながら、朝を待つ。




