作戦会議
「作戦会議をしよう!」
お風呂から上がって、髪を乾かした直後。
緑茶の入ったマグカップを片手に麻依がそんなことを言いだした。
麻依から受け取ったマグカップを机に置きながら「なんの?」と聞き返す。
「結季ちゃんもわかってるでしょ」
返事の代わりに、何も言わずにお茶を一口飲んだ。
私と麻依の関係が、どんどん深みに落ちているような、あるいは高みに登っているような、そんなことに麻依は危機感を持っているのだろう。
うんと高く登って、下りられなくなって。飛び降りるか、木の上で朽ち果てるか。そんな二択を選ぶ日がきっと十数年ぐらい先に迫っている。
「このままじゃ、わたしたち本当にだめになっちゃう」
「ふーん」
問題の重大性は十分わかっている。つもりなのだけど、それを麻依に言われるのは少し心外というか。
「あれだけビクビク動いておいて?」
意識してないとは思うけれど、私の気を引くようなことを言って、終わらせようとしたらもっと言葉を求めて。
どうしてまだ明るいのにお風呂に入ることになったと思っているのだろう。
問題視しているにしては踏むペダル間違えてない? 別に私もブレーキをかけてはいないから強くは言えないのだけど。
ただ坂道を転がっている、というには加速しすぎているような。
「あ、あれは」
と、あからさまに狼狽えている麻依。
視線がカクカクと動いている上に、頬がお風呂から上がった時以上に赤らんでいる。
「結季ちゃんが……え……」
「え?」
麻依が言い淀んでいる内に、お茶をもう一口飲もうとして。
「えっちなことしてきたのがいけないんでしょ!?」
人間霧吹きにでもなったみたいに、飲み込まれるはずだったお茶が勢い良く噴き出した。
えっち……じゃなくて、そんなこと一切考えてな……くもないような。
麻依から思いもよらないパンチを貰って、心が目を回している。
頭の中で麻依が言った三文字が暴れ回って手が付けられない。
なにか言い返さないとと思いながら、濡れた机をティッシュで拭き取る。
「ええと……それ、私なの?」
「だって結季ちゃんがしてきたんじゃん」
「そんなつもりはあまりなかったのだけど」
「あ、あんまりって言った」
やっちゃった。と、色々と溢れでていく口を押さえる。もう手遅れなのだけど。
口は災いの元というか、それを司る頭が麻依の先制攻撃でダウンしていたのが一番の原因な気がする。
「ほらやっぱり」
麻依が、一本取ったと言わんばかりに目を輝かせる。
反論しようと思ったけれど、言葉が出てこないぐらいに完全敗北だった。
「……延長戦をする気はなかったのだけど?」
仕方なく別の場所にもう一つ争点を作る。せめて痛み分けぐらいには持っていきたい。
じゃないと、えっ……そういうことを望んでたのが私だけみたいだもの。
それは、なんというか……恥ずかしい。
「えっと……」
私の反撃が上手く麻依に当たったみたいで、麻依の動きがぎこちなくなる。
「もうお互い様ってことでいいでしょ? そんなことより作戦会議するんでしょう?」
「なんか言いくるめられてる気がする」
麻依は長めに目をつむって考えて。
「……まあ、この話は一旦終わりってことで」
これ以上アレの話題をしても、お互いに徳はないと判断したみたいだった。
私も麻依もお茶に口を付けて、荒れた心を落ち着ける。切り替えないと話にならないし。
「で、なんだけど」
麻依がワンクッションおいて話し始めた。
「ちょっと結季ちゃん断ちしようかなあ、なんて。どう、かな?」
麻依らしい真面目な考えだとは思うのだけど。
「私は反対」
私の答えを予想してなかったのか、たじろいだ麻依に詰め寄られる。
「な、なんで、本当に?」
「私が麻依断ちしたくないもの」
「それは嬉しいんだけど……だからって」
「そもそも本当にそれでよくなると思ってる?」
痛いところを突かれたように、麻依が黙りこくった。
離れられたところで一日か、二日。
そんな短期間じゃ何も変わらない。けれど、精神的な負担は大きい、なんてそんなの、メリットデメリットの関係にすらなっていない。
一時間でどうにかなりかけたこともあるし。
それに元通りに戻ったとき、反動でより離れたくなくなるのは目に見えている……というかそれも経験済み。
「だけど、他の方法わかんないし……」
暗い顔の麻依が近づいてきて、私の胸に頭を預けてきた。
離れないと、という話をしている最中にこうしてくる辺り、やはり無理があるのだと思う。
左手で麻依を抱き寄せて、右手で麻依の頭を撫でる。
「いっそのこと、もう諦めましょう? 最初から無理な話だったの」
それを聞いた麻依がプルプルと震え出す。
「だめだよ、ずっと結季ちゃんといたいもん」
今にも泣き出しそうな、張り詰めた声で。
「心中とか絶対にいや」
私と麻依の心はきっと癒着してしまっている。それも広い範囲で、固く。
一筋縄では引き剥がせないし、引き剥がせたところで大きな痛みを伴う。
屈強なメンタルを持っていれば耐えられるかもしれないけれど、私のも麻依のもガラス製。
正直に言って耐えられる気がしない。無理矢理に離れた瞬間、気持ちいい破砕音を鳴らして粉々に壊れることだろう。
離れるのは無理。丁度いい距離を保つのもほぼ不可能。だったらもう、諦めるぐらいしか道は残っていない。
「落ち着いて、そんなつもりじゃないから。丁度いい距離を保つのを諦めるってこと」
「ほとんど同じようなものじゃん」
「別にずっと一緒にいたからって生きていけないわけじゃないし。難しいとは思うけれど」
今どき大体のことは通販で済ませられるし、ずっと家の中にいたってあまり問題ない。
……金銭面を除けば。
陽の当たる社会からドロップアウトとなると、金銭面はどうすればいいのだろう。今通ってる高校ですら、ちょっと間違えたら行かなくなってしまいそうなのに。
就職はできる気がしない。麻依と同じ職場ならなんとかやっていけなくもなさそうだけれど、仕事が手に付かなくてすぐにクビになる未来が見える。
在宅でできる仕事なら、なんとかやっていけなくもなさそうなのだけど。
ウェブデザイナーとか、作家とか、ブロガーとか? とは思ってみたものの……どれも難易度が高い。
株は……なし。最後の手段。
なにかの漫画のキャラクターも同じように破滅を目前にして考えを巡らせていたような、と思い浮かんで、それをすぐに掻き消す。
縁起が悪いってレベルじゃなかったから。
「これからは二人でいかに楽に生きていくかを考えたほうがいいんじゃないかしら。って」
我ながらダメ人間の発想だ。
「たし……かに?」
そんな考えに共感しかける麻依。
私がダメ人間なら麻依もダメ人間だと思う。結局のところ、お互いにダメにし合っているようなものだし。
「結季ちゃんがそう言うなら、ちょっとは気を緩めてもいいかも。なんて」
麻依は私の胸から頭をどけると、目の端に溜まった涙を手で拭き取って、小さく微笑んだ。
「わたしもほんとのことを言えば結季ちゃんと離れたくなかったし」
「知ってる」
麻依が私のことをどれほど好いているかなんて、わかりきっていた。もし本当に離れたかった、なんて言われたらそれこそ精神崩壊してしまう。まあそんなことあり得ないけれど。
「ねえ結季ちゃん」
「なに? 麻依」
「長生きして、おんなじお墓に入ろうね」
「ええ、約束するわ」
麻依と一緒ならどんなことになったとしても、なんとかなりそうな気がした。
どの辺りが、とは自分でも思うのだけれど、ただなんとなく。




