木の葉のように落ちていく
不安げな麻依は、とてもかわいいと思う。
いちいち私の服の袖を掴んでくるところとか、今みたいに座って倒れるみたいに寄りかかってくるところとか。
「……結季ちゃん?」
上目遣いの麻依に訴えかけられる。
真っ直ぐ私を見つめる瞳にあるのは、ちょっとした不安と期待、それと焦れったさ。
餌を待つ子猫や子犬がするつぶらな瞳と、少し似ていた。
要するに、早く私の気持ちを伝えて欲しいということなのだろう。
ええ。やっぱりかわいい。
とはいえ、これ以上不安になられてしまうと、かわいいよりも心配のほうが大きくなってしまうのだけど。
返事はせずに、麻依を見つめ返す。
すぐに好きと伝えてもいいけれど、折角だから麻依の反応を見てみたいし。
好きな人をもっと知りたいと思うのは、人として当然の感情じゃないだろうか。
なんて、誰にするでもなく言い訳を考える。
にらめっこみたいに、お互い見つめ合って。
「ねえー。結季ちゃんってー!」
先に我慢の限界に達したのは麻依だった。
まあ、私に負ける要素は一つもないし。
そもそもこれで勝ちなのだろうか。
まあ、もう十分楽しんだから。
「はいはい。わかったわ」
麻依にブンブンと揺さぶられながら答える。
相当な勢いで揺られていたのか、麻依が離れた後も視界が小さく動いていた。そこまで長い時間でも無かったと思うのだけど、麻依は限界ギリギリまで焦れったさを溜め込んでいたのかもしれない。
軌跡のように続く揺れが消えてから。
「じゃあ横になって?」
と、麻依に伝える。麻依はうんと一つ頷いて、ベッドに転がった。早合点したのか、布団を横に押しやると、腕を広げて抱き締められ待ちの体勢をとる。
麻依の想像と同じように、普段通り素直に行くことも、最初は考えていたのだけど。
「あれ、そっちなんだ」
後ろに回りこんだ私に、麻依が少し残念そうに言った。多分だけれど、その落胆はすぐに溶けて無くなる。
麻依を後ろから抱き締めて、麻依の肩に顎を乗せた。私の茶色い髪が麻依の黒髪と混じる。
それから。
「好き」
耳元で小さく囁いた。
「ひゃっ!?」
麻依が意識的には出せないような声を出しながら、活きのいいエビみたいにビクンと跳ねる。
「好きよ、麻依」
今度は何も言わなかった。
けれどその分、一回目よりも大きく動く。
「……結季ちゃんが、言ってたのって、これ?」
麻依は早くも息も絶え絶えな様子で振り向いた。
「ええ、どれだけ麻依が好きなのかわかりやすいでしょう?」
「それはわかるよ? わかるんだけど、これ、なんかおかしくな──」
「まーい」
続きを聞く前に名前を呼んで遮る。
言葉になるはずだったものは、ただの激しい音に変わった。
避けようとするみたいに、麻依が体をよじる。絶対に逃がさないのだけれど。
正直なところ、私は麻依に対して思うところがある。
それは『……私のこと、もっと信用してくれてもいいんじゃない?』ということ。
どれだけ好きだと伝えても、その気持ちを全部受け取ってはくれない。気持ちが疑われて、不安になられる。
どれだけ麻依のことが好きだとしても、そんなことをされたら良い気持ちは起きない。むしろ、好きだからこそ受け入れがたかった。
私も似たようなものだし、怒る、とまではいかないけれど、不完全燃焼のまま残った何かが心のどこかでくすぶっている。
このまま放置すれば、いつの日か爆発して火柱が立ち上りそうだった。そうなった私は一体何をしでかすだろう。数日程度の監禁ならもう視界の端に入っていた。
麻依は自分のことを面倒くさいと思っているけれど、私だって十分に面倒。
自分の気持ちを全て受け取って欲しい。
ねえ。どうして不安になんかなるの?
私はこんなにも好きなのに。
麻依は私のこと信じてくれないの?
「好き」
耳元で囁くと、麻依は息を漏らした。声を殺そうとしていたみたいだったけれど、抑えきれていなかった。声に快楽の色が乗っている。
「ふふっ」
思わず笑い声が漏れた。
こっちの麻依もかわいい。
仕返しをエンジョイしているけれど、もちろん本題も忘れてない。
麻依の不安を和らげられるのは私だけだから。
……けれど、少しだけ荒療治をしてもいいんじゃないかしら。
「大好き」
力を入れて、麻依に伝える。
麻依にわたし以外のやつのことを考えないでほしいと言われた時、ずれていた何かが音を立てて嵌まるみたいだった。
嵌まっていた常識が外れた、のほうが正しいのかもしれない。
他のことがふっとどうでもよくなって、麻依のことだけが鮮明に映る。
麻依に対する純粋な好意だけが浮かび上がってくる。
そんな感覚があった。
だったら、麻依にも同じ感覚を味わってほしい。
不安もネガティブな思考も吹き飛ばすぐらい、私のことを真っ直ぐに見てほしい。
私が麻依を守るから、麻依は私を信頼して?
そして、私の全部をありのまま受け入れて?
「おかしくなるぐらい、麻依が好き」
私が麻依におかしくされたのだから、麻依も私におかしくされるべきじゃない? なんて。
「好きで、好きで、大好きなの」
動き疲れたのか、麻依はもうなんの反応も示さない。ただ、荒い息の音だけが小さな部屋に響いている。
けれど、まだやめない。
麻依の不安が根深いのはよくわかっているし、私のほうもまだ満足できていないし。
「本当に、好き」
麻依がわかってくれたと私が感じるまで、ずっと終わらせない。
「麻依さえいればいいの」
「──好き」
と、このぐらいでいいかしら。
短い時間ではあったけれど、何百回も好きって伝えれば十分わかってくれるでしょう。
麻依の耳元から離れて、普通の声で喋る。
「これでわかったでしょ? 私がどんなに麻依のことを大切に思っているか」
ゆっくりと麻依が私のほうに体を向けた。
振り返った麻依の頬は熱を出しているときのように紅潮していて、潤みすぎたのか目から垂れた涙が線を描いている。
肩で息をしているし、改めて目を見つめるとなんだか視点も定まっていないような気がした。
……やり過ぎたかもしれない。
麻依は息を整えてから。
「えっと、あの……」
頬をさらに赤らめて、言った。
なんなのだろう。すぐにわかったって言ってくれるものだと思っていたのだけど。
「もし、なんだけど」
「ええ、何?」
麻依は言いづらそうに目を逸らして。
「……わかんないって言ったら、もっとやってくれる?」
予想外の提案に、思わず固まる。
私の気持ちを麻依がわかってくれなきゃ意味が無いのだから。
「そうなる、のかしら」
「じゃあ、わかんない」
私の返事を待ち望んでいたみたいに、麻依が言った。その目は澄んでいて、一片の不安も見当たらない。
嘘なのは明らかだった。
けれど、目の前に差し出された餌に食いつかずにはいられなくて。
「だったら、仕方ないわね」
麻依の耳元で「好き」と再び唱える。
未来を捨てて、破滅的な享楽を突き進んでいるような気がした。




