お熱いお弁当
朝ご飯を適当に済まして、結季ちゃんからもらったセーターを室内で堪能して。
そんなこんなしている内に日が高くなってきたから、今はピクニック用のお弁当を作っている。
学校がない日にお弁当を作るのって、ちょっと変な感じだ。わたしも結季ちゃんもどちらかと言えばインドア派だし。
外に出ることは普通にあるけど、外にお弁当を持っていくことはほとんどない。
昼間に作ってるのも、不思議な感じを大きくさせてるのかな。
なんてことを考えながら、卵焼きを巻いていく。
せっかく結季ちゃんが編んでくれたセーターの初出陣なのだ。お弁当も気合い入れておかなくちゃ。まあ、めちゃくちゃ豪華になったりはしないんだけど。
今冷蔵庫に入ってる材料しか選べないし。
初日からこのセーターを人に見せたくない。
スーパーなんて人の多い場所に行くなんてもっての外だ。
幸い、冷蔵庫はその身に食材をたくさん貯め込んでいる。一昨日買い溜めしておいてよかった。
弁当っぽいおかずが作れないってことはない。卵焼きでもゴボウのきんぴらでも、弁当っぽいおかずには困らないだろう。
まあ、結季ちゃんは……。
隣のフライパンからいい匂いが流れてくる。あとジュージューって感じのいい音も。
「またハンバーグ?」
「ええ、麻依の誕生日だもの」
結季ちゃんはニコッと笑ってみせた。
「そっかあ」
料理前に『エプロン着けないの?』って聞いてきたのは肉汁がセーターに跳ぶからだったのかな。
なんて思ってしまうぐらいの当然っぷりだった。さすがに他の料理のことも考えてだと思うけど。
結季ちゃんはわたしのことをハンバーグ星人だと思ってるのかな。って、ほんのちょっと不安になる。わたしがハンバーグ好きなのはそうなんだけど。
作りすぎて、なんか結季ちゃんのハンバーグ作りの腕がプロ級になってきているような。
わたしの結季ちゃん補正を抜きにしても、普通にお店に並べられそうな感じがする。
肉汁の感じとか焼き加減とか本当に完璧だと思うし。
とはいえ、さすがに週五は無理。飽きる。
あの時結季ちゃんに苦言を呈したことは、今も後悔していない。週三になってよかったなあ。って思う。これぐらいが丁度いいかなって。
……あれ、それでも結構多いような?
実は本当に変な星の生まれだったりするのか、わたし。それか先祖返り的なやつとか。
「麻依?」
いやいやそんなことない。あったとしても結季ちゃん星とかそういうので……。
「ちょっと、火通ってると思うけど」
「あっ!」
さっき気合い入れて作らなきゃって思ったばっかりじゃん!
自己嫌悪しながら火を止めて、卵焼きを恐る恐る巻いていく。
よかった。結構茶色いぐらいで済んでる。
「……なんとかセーフ」
大失敗とまでは行ってなくて、ちょっとだけホッとした。消えてしまった自己肯定感は全然戻ってこないんだけど。
「もう。また変なこと考えてたでしょ」
「うっ」
「火を使ってるんだから気をつけないと」
「はーい」
結季ちゃんに怒られるとどうしてか素直に、次から気をつけないとって気持ちになる。
結季ちゃん以外だと、わたしのひねくれた心の中で、失敗したっていう事実だけが無限ループして、その先の大事なところまで辿り着かないのに。
結季ちゃん相手だったら、素直になっていいって心にすり込まれている。
わたし、やっぱり結季ちゃんが好きなんだなあって。
「結季ちゃん、好き」
「ええ。……えっ?」
少しの時間差の後、結季ちゃんがわたしを見た。目を離されたフライパンが、熱い音を立てている。
「好きって言いたくなっちゃった」
「なにそれ」
結季ちゃんはクスクスと、おかしそうに笑って。
「私も麻依が好き。絶対に離したくないぐらい」
わたしの体を包んでいるこのセーターが、結季ちゃんの気持ちの表れなのかな。
結季ちゃんの執着心がわたしを捕まえているみたいに思えて、体が熱を帯びる。
「ふへへ」
抑えきれなくなった好きが、奇妙な笑い声になって結季ちゃんに向かっていった。
「ふふっ」
結季ちゃんから幸せの原液みたいな声が届く。
わたしも執着心の塊のセーターを結季ちゃんに渡したから、お互いに拘束しあっているようなものなのかな。
健全なセーターが、すごく倒錯した行為に思えて……なんて言えばいいんだろう。変な、というか、いけない気持ちになる。
その気持ちが薪になって、わたしの体がもっと熱くなる。
水蒸気みたいに、縦横無尽に動き回りたくなる。
気のせいか、すこし焦げたような臭いがした。
……あれ。気のせいじゃ、ない?
あっ。
「結季ちゃん! 火止めて! 火!」
「あっ」
結季ちゃんが、ずっと点きっぱなしだったコンロの火を止めた。
そのまま恐る恐るハンバーグを裏返す。
若干焦げてはいるけど、このぐらいなら全然食べられる……かな。結季ちゃんは大分後悔してるみたいだけど。額を抑えて俯いている。
「ごめんね。突然好きって言っちゃって」
「麻依は謝らないで。私が作ってたから、私がしっかり見てないといけなかったの」
「でも気を逸らしちゃったのはわたしだし……」
結季ちゃんは俯きながら首を横に振った。
「いいえ、悪いのは私。麻依に注意したばかりなのに、今度は私が目を離すなんて。せっかくのハンバーグが……」
「全然大丈夫だよ。ちょっと焦げてるだけだもん。食べれる食べれる」
「ごめんなさい。麻依のために作ったのに……」
わたしのため、かあ。素直に嬉しい。けど、それで結季ちゃんが落ち込んでるのは全然嬉しくない。
「本当に大丈夫だから。不幸な事故だったってことで、ね?」
「……ええ。落ち込みすぎもよくないわよね」
結季ちゃんが「よし」と呟きながら額から手を離す。言葉とは裏腹に溜め息を吐いてたりして、まだまだ落ち込んでるみたいだけど、ちょっとは前向きになったかな?
「うん。それでいいの」
悪いのはわたしだから。好きって言うにしても時と場合をしっかり考えないと。これ以上結季ちゃんを困らせないように。
「麻依も考えすぎないように。一人で考え込んでそうだから」
「あれ。バレてた」
「当然。気付くに決まってるでしょ?」
結季ちゃんは優しいなあ。ほんと。
わたしは考えも行動も思いつくままにって感じだから、結季ちゃんを見習わなきゃ。
結季ちゃんは色んなことを気にしてくれている。周囲のこととか、これからのこととか。
それでいてわたしのことを一直線に見てくれて、ほとんど全部気付いてくれるんだから、好きにならないわけがない。
無論、普段フラフラなわたしでも結季ちゃんに関しては一直線だ。誰かに渡すつもりも、どこかに行かせるつもりも微塵もない。
結季ちゃんが居なかったら、わたし生きていけないし。
心はとっくに結季ちゃん専用に変形している。
なにかあろうものなら拒絶反応を起こしてショック死だ。
「とりあえず、気を取り直しましょうか」
「そだね。お弁当作るのがメインイベントってわけでもないんだし」
お弁当はピクニックの楽しみの中の一つであって、本題じゃない。というか、ピクニックも本題とはちょっと違うんだけど。
本題は、やっぱり結季ちゃんのセーター。
セーター以外はちょっとしたことだ。それはそれとして一喜一憂はしちゃうんだけど。
年に一度の誕生日をこうして結季ちゃんが祝ってくれようとしているんだから、楽しまなきゃね。




