お揃い手作り白セーター
今日は三月の三十一日、麻依の誕生日。
隣にいる麻依は幸せそうに穏やかな寝息を立てている。当たり前だけど、一つ歳を重ねたとはいえ、見た目にはなんの変化もない。
全てがいつも通りの麻依。
お互いに成長したことを実感できるのはいつ頃になるだろうか。なんてことを少し考えてみたり。
麻依の寝顔を横目に眺めながら布団を抜けだして、私は一足先に朝を迎えておく。
別に急ぎの用があるとかではない。
ただ、麻依が一刻も早くセーターを着たいと思っているから、起きてすぐに渡せるようにしようと思って。麻依、結構浮かれていたから。
まあ、浮かれているのは私もなのだけど。
麻依に手編みのセーターを着てもらえると思うと、嬉しさ半分、不安半分。
興奮が収まらなくて、胸の鼓動が半音ぐらい高くなっているような気がする。昨晩も中々寝付けなかったし。
良くも悪くも落ち着けない。
想像と現実は違う。麻依の反応は大体想像できるのだけど、いくら思い描いても何も変わらない。
いくらシミュレーションをしたとしても、大事なのはやっぱり本番だから。
セーターは申し分ない出来、だと思う。
麻依との会話を削って作った分の成果は、確実に表れている。
……麻依が起きてくるのが待ち遠しい。早くセーターを渡して麻依に喜んでもらいたい。
喜んでもらうのが前提になっているのは、少し傲慢だろうか。
だとしても、その前提は壊せない。麻依に嫌な顔なんてされたら二度と立ち直れなくなってしまう。
そわそわして、思考が治まらない。心臓の動きが、少しずつ、けれど確実に強くなっている。
麻依はいつ頃起きてくるだろう。多分そろそろだとは思うのだけど……私の思考が悪い方向に行ってしまわないうちに起きてもらいたい。
「……あれ、結季ちゃんおはよう。今日は早いね」
起床時刻の予想は当たっていたみたい。
寝起き特有のふにゃふにゃした声がベッドから聞こえてきた。
「おはよう」
逸る気持ちを抑えきれなくて、麻依がベッドから抜けだす前にセーターを渡す。
「誕生日おめでとう。麻依」
セーターを見た麻依の瞳が、瞬くように輝く。
「あっ! セーター、用意してくれてたんだ」
麻依は飛び上がるみたいに勢い良くベッドから立ち上がった。
誕生日プレゼントで眠気が吹っ飛ばされたみたい。目はぱっちり開いているし、さっきまでの溶けそうな声が嘘みたいに固まっている。
それだけ私のプレゼントを楽しみにしてくれていたと思うと少し、いえ、かなり嬉しい。
「結季ちゃんありがと。ずっと使うね」
その言葉も、私に向けられた笑顔も、純度百パーセントの真実でできているのが簡単に伝わってきた。
心が燃えているみたいに熱い。
麻依の結晶のような好意を受け止めて、ただでさえ緊張で一杯だった心が、オーバーロードを起こしている。
言いたいことはいくらでもあるはずなのに、まとまってはくれなくて、小さく頷いて答えるのが精一杯だった。
手作りのもので喜んでもらえるとこんなに嬉しくなるなんて、知らなかった。
いつもはお揃いの物を買ったりしていたけれど、これからは自作のものを渡してみるのもいいかもしれない。
「今着てみるのよね?」
心の過負荷が治まって、次に出てきた言葉はこれだった。
まだまだ前のめりになったままの心が、早く感想を聞きたくて震えている。
セーターを喜んでくれたのは嬉しいけれど、本懐はやはり着てもらうこと。着心地まで確認しないと安心はできない。
「そりゃね、一秒でも長く着てなきゃもったいないし」
少しだけ、気分に雲がかかる。長く着てくれるのは嬉しいけれど、もったいないは少し違うというか。
まどろっこしいことは全部無しにして、単にセーター自体を見てほしいというか。
……上手く言語化できない。
セーターだけを、私だけを見てほしい。
「別にセーターは逃げたりしないわ」
「セーターは逃げないけど……なんか結季ちゃんの気持ちが抜けていっちゃう気がして」
「気持ちも逃げない。セーターに全部閉じ込めたもの」
麻依はふーんと声を出して答えた。口角が上へ上へと、天井なんて無いみたいにあがっていく。
「そんなに?」
「そんなに気持ち込めてくれてたんだ、って嬉しくて」
「当たり前でしょ、麻依に送るプレゼントなんだから」
「当たり前でも、すっごく嬉しい」
もし私と麻依が逆の立場だったら、私も同じ反応を返すだろうか。ほぼ確実に同じだと思う。当たり前と言われても、麻依が気持ちを込めてくれたと言う事実だけでプラスの感情は湧き上がってくるし。
なのだけど、私が気持ちを込めている側だと、なにか恥ずかしくて受け止めきれない。
そういうものなのだと、ひとまず諦める。
「じゃあ、着てみるね」
麻依が、セーターに頭を通し始める。
緊張の一瞬だった。
サイズを間違えただとか、首を通す穴を作り忘れただとか、悪い想像が一瞬の内に通り過ぎていく。
袖の長さ、よし。服の丈もぴったり。セーターを着た麻依の雰囲気も予想通り。完璧。
胸の半分を占めていた不安が消えて、麻依が私の手編みセーターを着てくれている、という嬉しさだけが残る。
「似合ってる」
「ありがと。あったかい。結季ちゃんの感じがする」
セーターに込めた気持ちがそういった形で伝わっている、ということなのだろうか。
私の感じは一体どんなものなのだろう。正直想像もできない。
「チクチクしない? 大丈夫?」
「大丈夫。むしろふわふわしてるぐらい」
「よかった」
何も問題ないみたいで、とりあえず一安心。
麻依は喜んでくれたし、セーターはちゃんとセーターとして成り立っているし、大成功と言っても過言じゃない。
麻依がセーターを着ている姿を見て、ようやく心が落ち着いた。確かな充足感が、心地よい重さとなって私の体に流れている。
セーターを着て楽しそうにちょこちょこ動いている麻依も可愛いし、本当に作ってよかった。
「あっ、結季ちゃんちょっと待ってて、結季ちゃんのセーター持ってくるから」
忙しない動きのまま、麻依は部屋の外に駆けだしていった。疲れてしまわないか心配になる。
「お待たせ!」
はやっ。家の中で全速力で走ると危ないってこと、後で麻依に言っておかないと。
知ってるとは思うけれど、一応。
階段で転けたりしたら大惨事になるし。
「はい、わたしの手編みセーターだよ」
「ありがとう」
差し出された白いセーターを受け取って、さっそく着てみることにした。
麻依がセーターに私を感じていたのもわかる気がする。あたたかくて、落ち着く。麻依に包まれているみたい。
……一生脱ぎたくないなあ。なんて。
「結季ちゃんも似合ってる」
「ありがとう。大切に着るわ」
麻依が私のことを想って編んでくれたのだから、似合わないはずがない。
「そうだ結季ちゃん、せっかくのセーターなんだから、どっかに出掛けたいね」
「そうね。いいんじゃないかしら」
微かにとはいえ、最近は春の陽気も感じられるようになってきたし。そういう意味でも外に出たいかも。
「それじゃあさ、あそこ行こうよ。あそこの山。久しぶりに」
あそこの山は、ちょっとここからちょっと離れた位置にある、いわゆる裏山みたいなもの。
山とは言っても散歩気分で上れるぐらいのもので、ピクニックにはぴったりだと思う。
実際、中学三年の中場までは気軽に二人で登っていたし。
……ただ、ちょっと私が恥ずかしいことをしてしまってからは、めっきり行かなくなってしまったけれど。
私が拒んでいた。と言うほうが正しいか。完全に黒歴史だもの。あれ。
色んな意味で闇の中にある。
まあでも時間はたったし、私たちの関係も安定したし、時効でしょう。多分。
「ええ、わかった」
「やった、じゃあお昼から行こっか。お弁当も用意してピクニックってことで」
「そうしましょうか」
かなり間が空いてしまいましたが更新再開します。
これからしばらくの間は週1、2のペースで更新できると思います。




