共依存な女の子二人がいちゃいちゃするだけ
……私はいつから麻依の抱き枕になったのだろう。
そんなこと考えてしまうぐらい、いつにも増して強い抱擁をされていた。
どうしてこうなっているのだろう。
学校から私の部屋に戻ってきて、制服から着替える間もなくベッドに押し倒された。
そんな流れだったのは確かなのだけど。
麻依の動き一つ一つが滑らかだったせいか、まるでマジックでも見ていたかのように不思議が渦巻いている。
いつもは自由なはずの腕ごと麻依に包まれていて、完全にされるがまま。
もっとも、反抗する気なんて無いのだけど。
麻依が望むのなら、一週間でも一ヶ月でも抱き枕で構わない。
「結季ちゃん」
麻依が私の名前を呼びながら頬ずりをしてきた。髪が動くのに合わせて、麻依の香りがふわっと漂う。
ほとんどの物を共用しているのに、どうして違う香りがするのだろう。
……愛されフェロモンのようなものを放出しているから、だったり?
おかしな考えだとわかっているつもりだけど、納得できなくもないような気がした。
それぐらい、心も体も理性も感情も、私の全てが麻依を求めている。引き寄せて、すぐそばに捕らえようとしている。
「ゆきちゃん」
再び頬ずりをしてきた。愛でたい。
「ゆーきちゃん」
麻依の抱き枕で構わないと言ったけれど、前言撤回。生涯人間でいたくなった。
心ゆくまで麻依を撫でたいし、抱き締め返したりもしたい。それなのに両手が不自由だなんて、もどかしいにもほどがある。
「麻依、撫でられないから両手を放して?」
「はーい」
十の字の真似でもするみたいに、麻依が両腕を少し過剰に広げた。
「ありがとう」
人間簀巻きのような状態になっていた腕を横に軽く動かす。
その途端麻依が「つかまえた」今度は私の体のみに抱き付いてきた。
かわいい。
無意識が先行して、麻依の頭を撫でる。一瞬遅れで追いついた意識が、麻依の頭を撫で続ける。
今日の麻依は……なんというか積極的。いつもよりハイテンションで、砂一粒ぐらいあった遠慮が消し飛んでいる。
十割で、私を求めてきていた。
どうしてなのだろう。と、腕を動かしながら考えてみる。
……不安の反動、というところなのだろうか。不安が好意に余すところなく裏返ったのなら、全くおかしくない。
予想が間違っていた場合、かなり恥ずかしい思いをすることになるのだけど。
もしくは、寝不足で深夜テンションになっているか。隈ができなかっただけで実は……ということもなくはない。
「昨日はしっかりと眠れた?」
「うん。結季ちゃんのお陰でぐっすりと」
麻依の顔に、なんで? の四文字が浮かぶ。
昨日は深夜一時過ぎまで通話をしていた。
そこからのぐっすりだったら、一応許容範囲だろうか。少なくとも遅すぎはしない。普段別々に眠るときと同じぐらいの就寝時間だった。
だったら……と考えを発展させようとして、途中でやめる。
自分の中で答えに辿り着いたとしても、それは質のいい予測でしかない。腑に落ちないのは、これまでの経験でよく分かっている。
それに、昨日私は決めたから。何か引っかかることがあったら、すぐに麻依に聞いてみる、って。
「麻依がハイテンションだったから、寝不足が原因じゃないかって気になって」
「全然大丈夫だよ」
麻依が、私の胸に顔を押しつけてくる。
「なんかね? 結季ちゃんが好きで好きで仕方ないの。もちろん前からそうだったんだけど、なんていうかそれ以上に」
明け透けに好きだと言われたことの幸福感が、私の大事な何かを溶かしていく。
予想を当てられたことの達成感もあるはずだけど、幸せで全部溶かされて跡形もない。
「私も好き」
さらなる幸せを求めて、麻依を強く抱き寄せる。
そのまま離れられなくなってしまえばいいのに。ドロドロになった思考が一瞬そんなことを考えた。
「ん! んー!」
麻依が籠もった声で何かを叫んでいる。叫びながらベッドを全力で叩いて……。
「あっ!」と気付いて、麻依に巻き付けていた腕を急いで広げる。
「また死ぬとこだった……」
荒い息で肩を上下させながら、麻依が言った。
「本当にごめんなさい……」
昨日は過呼吸になった麻依の唇を塞いで窒息させかけて、今日は抱き締めすぎで窒息させかけて。力加減を知らない恋する怪物にでもなったのだろうか、私は。
あの一瞬、幸せがオーバーフローして何も考えられなくなっていた。
……滝行にでも行ったほうが良いのかしら。なんてことを本気で考えなければいけない。
いつか、か弱い理性が完全に吹き飛んでしまって、本当の怪物になりかねなかった。
私にある全ての警告信号が、赤く灯っている。
麻依は最後に一際大きく息を吐いて、呼吸を整えた。
「……まあいいけど。それだけわたしのことを愛してくれてるって証拠だもん」
それだけ言うと、麻依は蕩けたような笑顔で頬ずりを再開した。今度はしっかりと人間の力加減で抱き締める。
……改めてみると、麻依のほうも大分理性が吹っ飛んでいるような。
私たちがまともじゃない関係性なのはよく自覚しているけれど、今回の件でまた一段と進んでしまったような気がする。
進んだより、堕ちたのほうが正しいかもしれない。
今回の件で、というのも実は間違いで、何もしなくともゆっくりと底に向かっているのかも。
多分、そうなのだと思う。
一度いつも以上のことをしてしまうと、次からはそれが普通になって日常に張り付く。いくつも普通が重なりすぎて、元の日常がどんなものだったか、見えなくなっていた。
今日のことも、明日からは普通になっているのだろう。
……そう思うと、やっぱり怖い。積み重なった普通が、異常の境目を超えてしまうときが。
社会からドロップアウトした後の想像をしてしまって、少し身震いをした。
お金がほとんど無くなって、けれど離れてまで働きたくはなくて。最後に残ったお金でロープを二本買って心中を……。ありそうで困る。私は麻依と一緒の人生をできるだけ長く送りたいのに。
芽生えるどころか、さらに進んで花開きかけた危機感が、私に期末テストの日時を思い出させた。
そうだった。二週間後だからそろそろ始めておかないと。このぐらいの期間がないと、いちゃつく時間を確保できなくなってしまう。
テストの点数か二人の時間だったら、優先するのはもちろん後者。
欲望のまま身を寄せ合ったせいで成績が落ちて、赤点ばかりになって、それが続いて進級も難しくなる。そんな未来がありありと見えた。
だからテスト勉強の先送りは、即ち社会の落伍者への近道を表している。
「……麻依、そろそろテスト勉強しないと」
麻依が蕩けた表情を固めて、私を見た。
一瞬の間の後、麻依は頰を膨らませて。
「やだ」
拗ねたみたいに言うと、私の胸に顔をうずめた。今度のは愛情表現ではなくて、ただの現実逃避だと思う。
「それは分かってるけれど、やらないと」
「やだ」
「やだじゃなくて」
「やだもん!」
「子供じゃないんだから……」
押し問答を続けていると、麻依が顔を少しだけ上げた。訴えかけるような目で、私のことを覗いてくる。
「……私のこと嫌いになっちゃったの?」
……絶対に本気じゃない。涙ぐんでもいないし、悲しそうにもしていない。真剣味がまるっと欠けている。
「なるわけないでしょ」
「だったらもう一時間だけこのままでいようよ。それからちゃんとやるから」
絶対に一時間じゃ終わらない。何回似たような甘い言葉に騙されてきたことか。
……半分ぐらいは、私の自制心が足りなかったせいなのだけど。
「ダメよ。麻依も分かってるんじゃない?」
上手く図星を突けたようで、麻依がゆっくりと体を起こした。
「…………このままじゃダメ人間直行だもんね」
「分かっているなら、勉強しましょうか」
暗に私の上から動くように言うけれど、麻依は石にでもなったかのように動かない。
目を瞑って、何かを考えている。
「麻依?」
「やっぱりいやだ!」
「ちょっと!?」
麻依が目を瞑ったまま私に飛び込んできた。
私の体がベッドに押さえつけられる。
「今日はいちゃいちゃするって決めたの!」
一度は外した腕をもう一回巻き付けて、その意思を体現してくる。
「だから勉強しないと!」
「今日だけだから!」
今日だけで終わるわけがない。明日も明後日もと、ずるずる引きずって行ってしまうに決まっている。
……決まっている。決まっているのに。
「……今日だけ、本当に今日だけよ?」
幸せに冒された理性が、言葉を都合よく受け取る。
幸せで埋め尽くされた感情が、理性の代わりに私の指揮を執る。
幸せを欲した体が、その源である麻依を逃がすまいとしている。
幸せの虜になった心が、それ以外の全てを忘れる。
「やったー! 結季ちゃん大好き!」
「私も、麻依が大好き」
難しいことが考えられなくなって、麻依を覆うように抱き締める。
甘美な破滅に肩の辺りまで深く浸かっていた。
ここで最終話にするつもりだったのですが、まだ色々と書きたい話が残っているので、これからものんびり書き続けたいと思います。
(一応暫定的な最終回ではありますが)




