8話 化け猫
「で、弁償してくださるわるわよね」
「そうですね。これくらいならシミ取りで綺麗に直す事ができますよ」
「さっき分かったって言ったじゃない。気に入っているのよ」
「クリーニングではお気に召さないですか?」
「当然じゃない。ねえ?」
「この子が言うように結構したのよ」
と母様までも口を出す。
宗介様は無言だ。
「ほら、やっぱり無理なのよ。
あ~あ、スタッフもグズだし、オーナーもこれじゃ大した事ないわね。中も陰気臭いったらありゃしない。来て損したわ。
私、弁償するっていうまでここにいるから」
「こら、私は嫌よ。幽霊が出るって噂でしょう」
と母様。
くだらんと父様。
取り巻きはあわあわしているが鈴香に逆らう事ができない。
「それにしてもあのグズ遅くないかしら?
戻ってきたらきつく叱らなきゃ」
「あのグズとは?」
宗介様が問う。
「ああ、あなたの嫁でもあるのよね。失礼。
まさか嫁いでからも働かせるなんてあなたがそうさせたの?
でも教育がなってないんじゃなくて?
見てなさい。私がちゃんとあのグズにしっかり説教してあげるんだから」
「そうですか」
宗介様はそれ以上は何も言わなく、その場にいる全員をジッと見る。
「何よ」
「あ、いえ。私も驚きました。
まさかナエさんの家族がこのような方達と聞いておりませんでしたので」
「そうでしょう。だからこうやってここまで来たのよ。
でも、あなたも中々いい性格してるじゃない。
陰気臭いあんなやつが結婚してどう暮らしてるかと思ったけど全然変わってないから面白いわ!
あ、でも少し生意気になったわね。
ちゃんと旦那であるあなたが教育し直しなさいよ」
宗介は何も答えない。
代わりにスルッと彼の横からクロが現れた。
「やだ!
ホテルに猫なんて。毛が付くじゃない。
しっしっ!」
鈴香は手でクロを避けるがクロにはそんな事お構いなしだ。
「ちょっとあなた、この猫どかしなさいよ!」
鈴香が宗介に命令した。
『黙れ。うるさいぎゃあぎゃあ鳴いて騒がしい奴め』
「はあ!?」
急に響いた鈴香に対する暴言に彼女は怒り心頭した。
「アンタ今私になんて言った!?」
仮にもオーナーが客になんて事をといいたげに鈴香は宗介を睨むが彼は
「私じゃございません」
とサラッと返す。
「そんな訳ないじゃない!」
今ここにいるのは私達よと鈴香は主張したがそれは大きな間違えだった。
ズズズ。
「ひっ」
「鈴香さん!?」
「なんなのこれは?」
急に部屋が停電したかと思ったら床が揺れ始めた!
あたりには蝋燭の灯りだけ。
そうしてその灯りにありえないもの影だけが床や壁に煙の様にユラユラとシルエットが映し出される。
ーー猫、巨大な猫の影がそこにはあった。
一方、応接室に続く通路に私、ナエはカートを引いていた。
気が重い。
(宗介様、大丈夫かしら?)
弁償は流石にこのホテルには大きくダメージを与えるだろう。
(宗介様はどうするつもりかしら?)
宗介様と鈴香だ。
どんな位が高そうな紳士が来ても優雅に接する宗介様だから大丈夫だとは思うけど、相手は鈴香となると彼女が素直に応接室から出て帰るなんて想像付かない。
(暑いって言ってたからジュースやお菓子を持ってきたから早めに渡さなきゃだわ)
そうして扉に手を掛けようとした、
がーー
「いやあああ!!」
ドタン!バタン!と目の前の部屋からいくつもの悲鳴が響いた。
「え!?」
(何が起こったの!?)
次の瞬間、バン!っと扉が開き一目散にホテルの出口に血相を変えて出ていく鈴香と取り巻き。
「鈴香待ちなさい!あなたー」
と腰が抜けたのであろう父様とそれを心配する母様。
そうしてその奥にはギラギラ光る2つの目玉がいた。
「ひっ」
あまりの気迫に立ってるのがやっとだった私に宗介様は部屋の中から
「おや、ナエさん。今来たんだね」
まるで何ごともなかったかみたいに声を掛ける。
すると獰猛な化け猫は見慣れた猫の姿に戻った。
クロだ!
「クロ!今のクロなの?」
なーん♪とそうだよと返事をするようにクロは答えた。
「言っただろう。このホテルの親玉はコイツだって」
呆気に取られる私に宗介様は続ける。
「彼らがあまりにもナエさんの事を酷く話してたからこいつも我慢できなかったんだ」
『よく言うぜ。お前がアイツらにしてやりたい事を俺を使ってさせたようなもんだろ』
まあ、久々に鼠を追っかけて暴れていい気分だけどよう!と目の前のクロから低い獣のような声が聞こえた。
「あの子達大丈夫かしら?」
「おや、あそこまでされてナエさんは今見た事は反対だったかい?」
「いえ。でもあの人達がまわりにホテルの悪い噂を流してしまうんじゃないかって」
「いいよ。明らかに迷惑客は彼らだ。
何か言われたら先にうちのスタッフに手を出したのは君達だって、次にうちに来ても出禁にするだけだよ。さて、応接室の掃除を頼まなきゃ」
宗介様はキッパリそう言った。
そうしてるとヴィッフェから帰るお客様が通路を通ってやって来て私達を心配そうに見た。
「えらく部屋が散らかってますが何かあったんですか?」
これには宗介様は眉を下げてわざとっぽく
「いやだなあ、ただの猫の仕業ですよ」
と笑った。
その横でクロはまたなーん♪と可愛く鳴く。
(すごいところに嫁いでしまったわ!)
今に始まった事ではないけど、改めて1人唖然としていると
「ナエさん、早くヴィッフェに戻ろう」
宗介様はそう言って掃除も呼ばなきゃと私に手を差し出す。
「はい」
手を取り会場に戻るとみんな、楽しそうに過ごしている。
そうして巨大な猫は「鼠」を久しぶりに追い回して満足したのか応接室の蝋燭台の火は1つ、しっかり消えていましたとさ。




