4話 恋事情
「ナエ様、一緒にお客様を見送りましょう」
「はい」
羽犬塚さんに言われ、朝や昼まではチェックアウトのお客様の見送りをする。
(これくらいなら頑張れるかしら)
しかし忙しいのは昼過ぎのチェックインだ。
「ナエ様、私がお客様の荷物を運ぶので受付をお願いします」
「はい」
立て続けにお客様を迎え次に、食事処や浴場の使用時間の質問をしにフロントに来たお客様を対応しているとあっという間にもう秋の外は陽が落ちてきたようだ。
「ナエ様、今日はお疲れ様でした。後は夜の者に変わりましょう」
「はい」
初めての職業夫人の体験としては忙しくてめまぐるしかったけどたくさんのお客様相手をする事ができて楽しかった。
夜番には羽犬塚さんに似た初老の紳士が入ってきた。
「ナエ様、こちら私の兄、草です」
「庵から話はかねがね。ナエ様うちに嫁いで下さりありがとうございます」
「こら、草。早まってはいけない。いや、私が早まらせたのだが宗介様はナエ様には仮初の関係でいいと仰っている」
「そうなのか。しかし」
「?どうかされましたか?」
羽犬塚さんに聞く。
「いえ、お気にせず。さあナエ様戻りましょう」
少し草さんの視線が気になったが私は庵さんと一緒にホテルの居住区に戻ろうとした。
しかしその時
「すみません。予約はしてないのですが今から泊まることはできますか?」
と若い男女が入ってきた。
「スウィートかシングルですとご案内する事ができますが」
「よかった。ではシングルに2人ーでよろしいでしょうか。ユリ様」
「ええ、そうしましょう。多聞」
雰囲気的に2人は夫婦ではなくお嬢様とお付きの関係。だけど狭いシングルに泊まるという事は。
(そうか。このお客様駆け落ちをしたのだわ)
するとどこからかクロが出てきた。
「なーん♪」
クロはお嬢様の事が気になるのか足に擦り寄った。
「駄目よクロ、お着物に毛が付くわ」
クロをお嬢様から引き離そうとする。
「大丈夫。私も猫を飼ってました。
あの、抱っこをしても良いですか?」
「あ、はい」
するとクロはお嬢様にすっぽり抱かれゴロゴロ喉を鳴らした。
「フフっ」と笑うお嬢様は実家の猫を思い出しているのか少し憂いを帯びた顔をしている。
「お嬢様」
婿になる下男も心配そうに彼女を見つめる。
「大丈夫。私は後悔などしてませんから。
あ、私達見ての通り駆け落ちで隣町からここまで来てまして明日から彼の住んでいた町に目指す事にしたんです」
「そうなんですね」
(行く宛てがあってよかったわ)
ほっとしたのも束の間
「でもしろ子を連れて来れなかったのはやっぱり悲しいわ。すみませんがこの子を少しお借りしても、お部屋まで連れて行ってはダメかしら?」
「少しお待ち下さい」
草さんはそう言うと宗介様に許可を取ったようだ。
「しっかり可愛がってしっかり見張るように」
とクロに言いつけるとクロはまたお嬢様の腕に戻り、彼らはシングルの部屋に入っていった。
「宗介様、可愛がられるは分かりますが見張れよとは?」
「ああ、心中防止だよ」
「し!?」
(考えられなかった)
「このホテルに来てクロが見えるなんて万が一があるかもしれない」
「でも2人には行く宛があると」
「そうだね。まああくまでクロを部屋に入れていいと許可したのは防止の為だよ。
いざとなったら化け猫になって静止させればいいし
何もなかったらそれで越した事はない」
「た、確かに」
まさか彼がそんな事を考えてるなんて思わなかった。
「あの、宗介様私も何かお客様の為にできる事はないでしょうか?」
「ナエさんが?」
「はい。何かお客様の力になる事をしたいのです」
「分かった。じゃあ明日少し早起きをしてキッチンで作って欲しい物がある」
「料理ですか?」
「ああ。うちのモーニングの看板メニュー、パンケーキをアレンジしてほしいんだ」




