2話 嫁入り
場所を変え、馬車の中で紳士は答えた。
「我が主は運が悪く大層妖に困っておいでの方で、そこであなた様の様に妖が視えるお嬢さんが我がホテルにいればと。ぜひ主人の奥様にと思っていたのです」
「ホテル?」
屋敷じゃなくて?と思っていると紳士は名刺を渡してきた。
「申し遅れました。私は主人、犬屋敷 宗介様のお付きの羽犬塚 庵と申します」
「はあ。あ、私は花巻 ナエと申します」
「おお、花巻といったら村では一番のお家柄では?」
「はい。一応」
そのお嬢様は私ではなく鈴香だけどと思った。
しかし、そういう犬屋敷だってあの猫又ホテルのオーナー兼支配人だ。
(確か西でやっていた有名な旅館の息子さんが始めたホテルなのよね)
「ホテルの噂はかねがね聞いておりますが見える私が嫁いだところでなにかなるものでしょうか?」
あるがまま疑問をぶつけはると羽犬塚さんは
「なりますとも!」と断言した。
「旦那様もホテルに出る妖に手を焼いているのです。ナエ様みたいな視えてコミュニケーションが取れる方がいると同じように視える旦那様の理解者として、また共に仕事をしていく上で非常に心強い!」
(なるほど。確かに犬屋敷様はホテル業をしているならお嫁になる方も働かなきゃなんだわ)
旅館だと女将という事になる。
(あら、これって私が憧れていた職業夫人って事かしら?)
馬車に揺られ考えていると羽犬塚さんは「どうでしょうナエ様、あなた様にぜひ犬屋敷にぜひ嫁入りをお願いしたい!」
私の横に寝そべる猫もまた「なーん♪」と鳴く。
花巻の家から出れる!という希望がある反面、私の一存では決められない。
「まず家族に聞いでみないと」
と言うと羽犬塚さんは納得した様に思えた。
翌日の夕方、折行って馬車でやってきた羽犬塚さんは父と母に頭を下げた。
「花巻様、どうかナエ様と我が主人との結婚を承諾して欲しいのです」
広間には鈴香もいて急な来客がのお願いに家族全員口が開かない。
しばらく沈黙が続いた後、やっと言葉を話したのは鈴香だ。
「この子が結婚って本気なの。私じゃなくて?」
生意気なという目でナエは睨まれその視線は刺す様に痛い。
「正直、花巻のお嬢様を我が犬屋敷の家に嫁入りをお願いするなど無礼とは思います。
しかしどうしても旦那様にお話ししたところ私もナエ様に是非お嫁に来て欲しいのです」
「犬屋敷!あの?」
この名前を聞くやいなや家族の態度が一変に変わった。
「何だそうよね。だからわざわざこの子に話を持ってきたという訳」
確かに昔からある我が家とは違い犬屋敷は
経営が危ういホテルを運営する新参者の一族だ。
だからって失礼すぎる評価にナエは一層悔しくなる。
鈴香はそんな私の表情を知っては否や話続ける。
「ねえ、お父様お母様気味が悪いこの子にはちょうどいい縁談じゃない?」
その言葉に2人はそうねえと相槌を打つ。
「・・・」
何も言い返せない。
その内に縁談はまとまったらしい。
「出戻って来ても屋敷には入れると思わないでね」
クスクスと鈴香の遊びに来ていた学友達に笑われながら次の週の日曜日、私は嫁入りの為に花巻の屋敷を出た。
「やっと気味悪い子が出ていくわ。あ~あ、嫁ぐにしても家柄って大事よね」
「クスッ、鈴香さんには素敵な方に見染められるわよ」
そんな会話を聞かされながらナエを乗せた馬車は犬屋敷のホテルへ進んで行った。
門構えから異国情緒たっぷりな正面玄関を入って暖炉がある広いロビーを通りすぎ着いたのは応接室だった。
「ナエさん、初めまして。
オーナーで羽犬塚から紹介があった犬屋敷 宗介です。
この度は本当に我が家に来てくれてありがとう」
深く礼をされると悪い気がして
「いえ、あの本当に私がここに嫁入りしてよいのでしょうか?」
「もちろん。
とはいえナエさんが嫌だったら無理にとは言わない。
実は言い出しにくかったのだけどこのホテルの評判はナエさんの知ってる通りでその事で両親にしこたま貰い手がいるのか心配を通り越して圧力をかけられて羽犬塚にどうしたものかと声を掛けたんだ」
「まあ」
犬屋敷様も経営の他に結婚まで悩みがあるなんて、やはり名を馳せた人でも気苦労は多いのだろう。
ソファの向かいに座る彼は、スーツを着こなし亜麻色の髪と同じ瞳をしていて若いの落ち着きがある。
「あくまで婚約者さえできたと報告すれば両親を安心させれると思って声を掛けたけど羽犬塚から聞いたよ。断れなさそうな雰囲気の中承諾したって」
「それは」
確かにそうだ。
「だからナエさんが嫌ならあくまで婚約者のフリだけでいい。
お願いできないかな?」
「そういう事なら、分かりました」
「よかった」
ほっとした彼の側の足元で猫がまた「なーん♪」と鳴いて犬屋敷様の袖口を手でタシタシ叩く。
「こら、クロ今大事な話をしているんだ」
「ふふっ」
彼には悪いが可愛らしい光景につい笑ってしまった。
「ナエさん気をつけて。コイツがこのホテルの妖の親玉みたいなものなんだから」
「え、こんな可愛い子が?」
「俺にはデブ猫にしか見えないけど」
そう聞くとクロは不機嫌になったのか犬屋敷様に猫パンチを喰らわせた。
「ほら見た事か。コイツはこの屋敷を俺達家族が買い取った後に現れて言ったんだ。
『俺の屋敷を使って金儲けをするなんて生意気だ』ってね」
外装から内装までリフォームする際に内見した際にライオンみたいな巨大な化け猫は彼にそう言った。
「ここはもう俺達が買ったんだ」
犬屋敷様はそう言うが化け猫は首を縦に振らない。
『人間のくせに無礼だな。どうだお前を試したい。
そうだな。俺の願いをいくらか叶えてくれたらこの俺はこの屋敷から身を引こう』
「本当か?」
『ああ』
化け猫はニヤリと笑う。
そして犬屋敷様の返事を待つ前に『交渉成立だな』
と笑うと大きな身体を丸い黒猫の姿に変えた。
「コイツ!なんてズル賢いんだ」
しかし、猫は彼の言葉なんて聞く耳を持たない。
オープンしてすぐに化け猫の仲間の妖達がホテル内に現れるとたちまち悪い噂が客の間で流行ってしまったという訳で今に至るらしい。
こんな可愛い猫がホテルの主だとは思わなかった。
「こんなに可愛い子が化け猫だなんて想像がつかないですが」
「ナエさんの手前、猫を被ってるんだ」
「はあ。あの、この子の願いっていうのは?」
「なんでも猫が好きな物事をいくらか渡せば願いを叶えた事になるらしい」
「猫が好きな物事?お魚とかかしら?」
「どうだろう。俺もそう思って立派な刺身を渡したが違うみたいだ。ほら、あれーー」
そう言って彼は暖炉の上の燭台の蝋燭を見た。
5つの蝋燭に綺麗な火がついている。
「この火は俺がこの屋敷に入った時からずっとついたままだ」
「え?消さないんですか?」
「消えないんだ。ソイツ曰く1つ願いを叶える事に火は1つずつ消えていくらしい」
その火がまだ消えてないーーという事は
「魚じゃないならなんなんでしょうか?」
「俺も知りたい」
やれやれと彼は首を横に振る。
「しかし婚約者のフリなら私は何をすれば良いでしょうか?私も仕事をすると思っていたのですが」
「ナエさんにそんな事頼めないよ」
「いえ、私仕事をする事に憧れていて」
「そうなの?じゃあ」
そう言って割り当てられたのはホテルマンの補佐だった。
制服をもらい張り切ったがスタッフは他にもいるので私の仕事はないに等しい。
「ナエ様お似合いで」
「本当に」
羽犬塚さんと犬屋敷様が褒めてくれて照れ臭い。
「お給料は出すから」
「いえ、そうゆう訳には」
「職業夫人、憧れてたんでしょう?」
「・・・はい。ありがとうございます。犬屋敷様」
「宗介でいいよ」
「宗介様・・・。あの、補佐は具体的には何をすればいいでしょうか?」
「そうだなあ。人手は足りているし、子連れのお客様の相手だったり、ナエさんは妖や霊が視えるから接客をしつつ奴らが悪さをしないか見張ってて欲しいんだよね」
(そうだわ)
ナエはここに嫁いできた理由を思い出した。
『旦那様の理解者として、また共に仕事をしていく上で非常に心強い』
羽犬塚さんの言葉を思い出した。
「私、頑張ります」
「ははっ、でも気張りすぎないようにするのも大事だよ」
そうして私は研修として宗介様からホテルの中を案内された。




