10話 ならず者(残酷描写微あり)
「化け猫ホテル!?
ここそんな風に呼ばれていたんですか?」
「むしろ麓の村でこの噂は広がっていたって聞いていたから弥七さんもこの話知った上でここに来たかと思ってたし、今から休むのにそんな話をしたら休めないだろう」
「確かに。奥様も知っておいでで?」
「はい」
「なんてとこに来てしまったんだ。ああ、なんかすみません。助けてもらっておいて」
「いや、普通の反応だよ。どうする。嫌ならしばらくしたら馬車で送らせようか?」
「ー大丈夫です。仕事はしますから」
私に手当てされながら弥七さんは答えた。
「あの糞野郎、この屋敷で何かしたらただじゃ済ませねえ」
その頃、クロはナエの部屋で息巻いていた。
(ホテル猫柳の主人は宗介じゃない。俺様だ!)
カヨの屋敷を汚す者は何者でも許さない。
しかし、応接室を出た時の宗介の迫力ったらなかった。
「聞け、若造。アイツはいかん!」
必死に弥七の本性を伝えようとした矢先
「うるさい。いい加減にしろ!
確かにお前はここの主だがそれは屋敷に対してだ!
弥七さんだって今ここで休んでもらってる限り客同然だ。オーナーがあくまで俺である以上、彼を脅かすのは許さない!」
「なんだ、やるのか!」
「お2人ともお客様に見られますぞ」
庵が宗介からクロを引き離す。
そうして「どうするかは後で考えるからな」
と宗介はナエの部屋にクロを謹慎にした。
「結局、考えなしかよ」
やれやれとクロはため息をつく。
(この間、ナエの家族に一発喰らわせた時はなかなか俺を分かってるじゃねえかって関心したのによう)
あの時の宗介の判断はなかなかナイスだったとクロは思った。
(しかし今みたいな感じじゃやっぱりアイツは俺との願いを叶えるなんてまだまだ先ってこった。
ただでさえ俺とは別の事情でアイツには時間が迫って来てるがどうしたもんかな)
もうすぐ昼過ぎーー。
今頃弥七とかいう野郎は宗介に頼まれて一仕事しているだろうか。
「おちおち昼寝もできねえ」
珍しくクロはその日、出窓に乗って昼寝はしない事に決めた。
「へえ。じゃあ弥七さんは度方に便利屋に色々な事をされていたんですね」
教会裏の落ち葉掃除ナエも任され弥七によってすごい早さで片付けは進んだ。
これならもうしばらくすると落ち葉の山がまた増えて掃除は片付きそうだ。
「でも逃げた猫、見つかるといいですね」
「そうですね。まあ化け猫がいるくらいだから意外と猫はなんでもできるみたいだ。
あと数日したら腹が減って屋敷に自分で戻って行きますよ」
「そうね」
即興の作り話は得意だし、本当に恵まれた善人は疑う事を知らない。
(この「奥様」もめでたい頭をしていてよかった)
「よし。燃やすのは明日ですかね。後は上に麻袋の布切れでも掛けときましょうか」
「ええ」
「あのう」
弥七はナエに素朴な疑問をぶつける。
「奥様はどうしてこんなホテルに嫁がれたんですか?すみません。でも失礼を承知ですがこんな縁談
断ろうとは思わなかったのですか?」
「確かに弥七さんの言う通り普通の人はそうよね。
でもこのホテルの噂は最初から知っていたし、庵さんが私を見つけてくれて嫁入りしたの」
「はあ。怖くはなかったのですか?」
「怖いというか最初は半信半疑だったからなんとも」
「そういうものですか」
「ええ。クロの事を知ったのもつい数日前だし。でもクロは化け猫だけど憎めない子で。
あ、すみません。弥七さんに怪我をさせましたが私にもそこまで悪い子には見えないんです」
「はあ」
呆れたを通り越してそこまでいくとお人好しに磨きがかかってこの「奥様」も少し気味が悪いと弥七は感じた。
「それに宗介様もクロにキツく当たっているけど妙に信頼しているように見えるの」
「俺には全くお手上げです」
これ以上関わりたくないがオーナーの名前を話す彼女の顔は不覚にも「女」の顔をしていた。
「奥様は旦那様に相当惚れ込んでいるのですね」
「えっ、そう見えるかしら?」
「違わないでしょう。夫婦なんだから」
「いえ。実は私達は仮初の関係なんです。私はお役に立てればいいと思ってるけど」
「え?」
弥七は化け猫ホテルの由来が妖や霊の親玉がクロという事は宗介に聞いていたがナエ達夫婦に関する事は聞いていない。
てっきりナエ達2人は金持ちの見合いで一緒になった者と思っていたから余計に驚いた。
そうして魔も刺した。
裕福で幸せそうな奴を見ると何もかも奪いたくなる。
もちろん弥七は宗介に恩義以上に劣等感や苛立ちを勝手に抱いている。
(もしもアイツからこの娘を奪えばーー)
あの金持ちそうで余裕がある男はどんな風に取り乱すだろうと弥七は思った。
純朴で地味なナエは弥七の好みじゃないが揶揄いがいはありそうだ。
「可愛そうなお人だ」
「え?」
「俺が立派だったら奥様にそんな顔はさせませんよ」
整った顔で、弥七は真剣そうにナエを見つめる。
「なんて。こんな甲斐性なしの貧乏人じゃ釣り合いが取れないから俺は片付けに勤しみます」
「弥七さんったら。びっくりしました。
役者さんみたいでしたよ」
「そうですか。
村に戻ったら役者を目指そうかな。
うん駄目だなあ。
そうなったらこの先俺はずっと貧乏人だ」
ある意味、弥七は役者だ。
(これは面白い。
しばらく溜まっていた鬱憤や何もかもを晴らしてしまおう。
この芋女を汚したように見せかけて絶望させよう!)
ついでにいくらかくすねる事ができたらツイている。
麓から来たなんて嘘っぱちだ。
山を降りて金を奪ったらこんなとこからは逃げてしまおうと駅に行こうと弥七は計画していた。
「ああ、そういえばさっき俺、金庫壊したかもしれません」
弥七はやや大袈裟に言う。
「大変。庵さんに言わなきゃ」
「庵さん?」
「ええ。
宗介様の使いの方でホテルマンでもあられるの。
何かあったら庵さんに相談するように言われているから。
私、言ってきますから弥七さんは掃除の続きをお願いしてもいいですか?」
それは困る。先に業者を呼ばれでもしたら厄介な事になる。
「俺、修理できるかも」
「本当ですか!」
嘘だ。
番号さえ分かればいい。
「すごいわ。
じゃあやっぱりすぐ庵さんに言わなきゃ」
「奥様、俺が直接フロントに行きますから」
「分かりました。じゃあ私が掃除の続きをしますね」
(しめた!)
弥七がフロントに向かう途中、ちょうど正面から庵が何かを両手に持ってやってきた。
小皿と水筒だ。
「おや、弥七さんどうしました?」
「庵さんこそ」
「ちょうどおやつができまして、お2人が小腹が空いていると思いましてね」
蒸かし芋をキッチンにいる子作ったので弥七さんと奥様に来たんです。こっちは熱いほうじ茶です」
と水筒を見せる。
「それはありがたい。あ、俺も庵さんを探していて」
「私を?」
「はい。あの化け猫に引っかかられた時に俺が倒れた時に何か蹴って金庫に当てた気がして壊したかもしれなくて」
「そうだったんですか?頑丈だからそう簡単には壊れないと思いますが」
「そうですか。
あの金庫って高い物なんでしょう?」
「どうでしょう。あの金庫は元々このホテルの開業前から建物にありましたからなあ。私にも値段とか分かってないんです」
「そうなんですか?」
「はい。心配だったら一緒に見てみましょうか?
あれ、奥様は?」
「今、はわき掃除が終わって落ち葉に布切れを掛けてもらってます。金庫の事を話したら庵さんを探すよう言われて」
「なるほど」
「じゃあ奥様には後で芋を渡しましょうか」
「いえ。せっかく持ってきてくれたんで俺が渡しに戻ります」
「分かりました。では私は先に応接室に戻って金庫を見ておきます。弥七さんは奥様にもこれを渡したらすぐに応接室に来てもらっても?」
庵はそう言って弥七に芋を渡した。
「もちろん」
弥七はすぐナエのいた教会裏に戻る。
「あら、早かったのね?」
「いえ、庵さんがおやつを下さったから渡しに来ただけで金庫の件は伝えてあるから俺もすぐ戻ります」
ズイっと弥七はおやつと水筒をナエに渡す。
「え?」
「俺は急いで戻るよう言われたから奥様が食べて下さい。あとこれ」
水筒のカップにお茶を注ぎ渡す。
中は弥七が入れた睡眠薬が入っている。
(持っていてよかったぜ)
古典的だが案外役に立つ、口と逃げるのが上手い弥七の数少ない持ち物の逃亡グッズの1つだ。
「これも奥様が先に飲んでもらうと助かります。
カップ1つしかないんで」
「そういう事なら頂きます」
「じゃあいつ戻るか分からりませんが」
「大丈夫。あとはこの布かけておくから」
麻布を指差しナエは言う。
「ありがとうございます。では」
弥七はその場を去るフリをしてナエの視覚から離れた。
そうして素直にお茶を飲んだナエは数分後ーー
裏庭の真ん中でスヤスヤ寝ていた。
「よく寝ていらっしゃるようで」
(好都合だ)
ここは教会裏だから客室通路からも見えない。
(まずはどうしようか。服を脱がして口吸いの跡を付けるか)
あるいは生娘(だよな?)と思えなくなる痛みを「他の場所」に刻んでやるか。
(いや、後者は奥様が起きるかもしれない)
「では失礼して」
弥七がナエの制服のシャツを開けようとボタンに手を掛けたその時ーー。
スッと草むらから黒い物が目の前に現れた。
「なんだ。化け猫か」
鳴かれたら厄介だ。
「あっちへ行け」
しかしクロはジッと彼らを見ている。
「なんだ。どかねえならこのまま続けるか」
下衆い笑みを弥七は浮かべナエの首に口吸いをしようとしたーーがヒュッと生暖かい風が弥七にかかったかと思った。
「え?」
パクン。
にゅっと大きな化け猫の姿に戻ったクロはゲップをした。
「久しぶりの肉だな。まあ畜生の肉だが若い肉は不味くはない」
しかし、クロに言わせりゃ弥七は汚い。
「汚い肉だ。
盗人で殺しを繰り返して挙句、ナエを傷者にしようとした。俺様もだいぶ腹黒だがこいつは畜生な下衆だった」
クロはそう言ってまたナエの部屋に戻っていく。
そうしてまた1つ、久しぶりに人の肉を食べた猫は
満足したのか蝋燭台の火が消えた。
ナエは庵に起こされ弥七を探した。
しかし彼を見た者は誰も、どこを探してもいませんでした。




