閑話
深夜。
新連邦中央庁舎。
書類の山を挟み、ジュリアは甘味を一口食べる。
「……美味しいですね」
「そりゃ良かった」
ジェラルドはソファへ深く座り、気の抜けた様子で答えた。
沈黙。
外では、夜警の鐘が遠く鳴っている。
ジュリアは書類を閉じると、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばジェド」
「ん?」
「貴方、まだ好きな相手はいないのですか?」
ジェラルドが固まった。
「…………は?」
「ですから、恋愛です」
ジュリアは極めて真面目だった。
ジュリアも、今年すでに十六歳になっていた。
「マクシミリアンも婚約しましたし、周囲もかなり変化しています」
「年齢的にも、そろそろ考える頃では?」
「いや待て待て待て」
ジェラルドが片手を上げる。
「なんで急に俺の恋愛事情の話になる」
「世間話ですが」
「お前の世間話、時々重いんだよ」
ジュリアは小さく首を傾げた。
「ですが、意外でした」
「何が」
「貴方は昔から女性人気が高かったので」
「……誰情報だそれ」
「学園」
ジェラルドが頭を抱える。
「あー……」
確かに、無かったわけではない。
だが。
戦争。北方。死線。復興。
そんなものを潜り抜けているうちに、いつの間にか今だった。
そして気づけば。
目の前には、平然と国家運営している幼馴染がいる。
ジュリアは紅茶を飲みながら、さらりと言った。
「まあ、貴方ならすぐ見つかるでしょう」
「……お前さ」
「?」
「そういうこと、自分に向かって言われる可能性とか考えねえの?」
ジュリアは数秒考え。
「ありませんね」
「即答!?」
「貴方は昔からそういう冗談は言わないですし」
「冗談じゃなかったら?」
ぴたり。
空気が止まった。
ジュリアが、ゆっくり瞬きをする。
「…………」
「…………」
数秒。
本当に、数秒だけ。
そして。
「……熱でもあるんですか?」
「お前ほんとすげえな!?」
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国内は「白の聖堂」による治安維持体制が整い、治安は安定し、物流も活発化している。
かつて戦場だった北方は、今や“管理された安定地帯”へと姿を変えつつあった。
飛空艇の民生転用も進み、空の交通網は急速に拡張されている。
その中心にいるのが、マクシミリアン・ベルンシュタインだった。
彼はすでに空港建設事業に着手し、自らも飛空艇を導入して操縦士の育成まで行っているという。
(……この国、本当に加速している)
ジュリアは淡々とそう評価していた。
だが、その“加速”の中心に自分がいることには、まだ自覚が薄い。
◇
そんなある日のことだった。
十九歳になったエドワード・アークライト。
そんな彼が、アークライト邸に、ひとりの女性を伴って帰宅した。
「紹介する。ヴェロニカ・オルディナール嬢だ」
オルディナール家。
代々法務・行政分野を担ってきた、いわば“文官の名門”。
彼女は理知的で、感情を過剰に表に出さない。
しかし必要な場面では一切の躊躇なく核心を突く、冷静な人物だった。
エドワードは、その隣でやや肩を固くしている。
(……完全に主導権を握られている)
ジュリアは紅茶を一口飲みながら、静かに分析した。
そこへ、セレスティーヌ・アークライトが優雅にカップを置く。
「ジュリア。次は貴女の番ですね」
「……何の話でしょうか」
即答で回避する。
「いけません」
セレスティーヌは一切容赦がなかった。
「貴女もいつまでも若くはないのです。そろそろ家を持ち、家庭を築きなさい」
「必要性がありません」
「あります!」
即座に断言された。
「母は孫が見たいのです!」
「国家運営上、その要件は非必須です」
「そういう話ではありません!」
(まずいまずいまずい)
ジュリアの脳内に、最悪の未来シミュレーションが展開される。
白い聖堂。
鳴り響く鐘――カラーン、カラーン。
純白のウェディングドレス姿の自分。
その隣にいるのは――なぜかジェラルド。
『よくやったジェラルド!』とでも言いたげな満面の笑みでうなずく、アルトゥール・ランカスター辺境伯。
周囲では貴族達が一斉に拍手し、民衆までもが祝福している。
『おめでとうございます!』
『北方の英雄同士だ!』
さらに壇上では、修道服姿のセシリアが静かに祈りを捧げ、二人へ淡い祝福の光を降らせている。
その足元では、小さな子供が走り回りながら叫ぶ。
『お母さーん!』
涙を流しながら喜ぶ母セレスティーヌと父フィリベール。
『これで、ようやく安心できる……!』
(違う。これは違う。戦術的にも倫理的にも全てが間違っている)
ジュリアは一人戦慄を覚えた。




