ヴェルミース再び
「青髪の祈り子の側にいた、“世界を止める力”のニンゲン」
ミシュリーヌが、ぱちぱちと瞬きをした。
「……え?」
自分を指差す。
「私?」
ヴェルミースが、ぞわりと肩を震わせる。
「ええええ……怖いですねぇ」
縫い留められた口元が、ゆっくり吊り上がった。
「貴女、自覚がないまま、世界の流れそのものを止めてしまう」
「そういう匂いがする」
ミシュリーヌは眉をひそめる。
「意味わかんないんだけど」
「けひひひ……だから怖いんですよぉ」
ヴェルミースの視線が、机上の実験器具でも眺めるように細められる。
「壊そうとして壊す者より」
「何も知らずに“世界の法則そのもの”を書き換えるニンゲンの方が、ずっと恐ろしい」
その言葉に。
ジュリアだけが、ほんの僅か、目を細めた。
「お前か。セシリアを狙っていた魔族は」
ジュリアが抜刀し、一歩、前へ出る。
ヴェルミースは、ぬるりと首を傾げた。
「おおおお、怖いですねえ」
縫い合わされた唇の隙間から、湿った笑い声が漏れる。
「貴女、強いでしょう? ひひひひ……」
「……何が言いたい」
「強い存在は、皆そうです」
ヴェルミースの周囲で、無数の羽虫が渦を巻く。
「何かを壊して、何かを踏み潰して、上へ行く」
その目が、ゆっくり細められた。
「貴女も、同じですよ」
「お前などと一緒にするな」
低い、冷ややかな声だった。
だがヴェルミースは、むしろ嬉しそうに肩を震わせる。
「けひひひ……」
虫が増える。
地面から。
草の裏から。
倒木の隙間から。
黒いものが、次々と這い出してくる。
「私も、生命が必死に積み上げた“秩序”を――」
羽音が、耳障りなほど膨れ上がる。
「ぐちゃぐちゃにする瞬間が、大好きなんですよぉ」
その瞬間だった。
――ジュリアが、消えた。
いや。
消えたように見えた。
次の瞬間、
ジュリアがヴェルミースの背後へ立っていた。
銀閃。
一拍遅れて、斬撃音が響く。
常人には、何が起きたのか理解できなかった。
ヴェルミースの身体が、胸元から斜めに滑る。
そして。
ザラリ。
ヴェルミースの輪郭が崩れた。
腕が。
顔が。
身体が。
無数の蟲へと分解されていく。
肉ではない。
内側から、無数の羽虫が溢れ出していた。
ブゥゥゥゥゥ――ッ!!
一斉に飛び散る黒い群れ。
空気そのものが腐るみたいな羽音。
『ひひひひっ』
笑い声だけが、四方八方から響いた。
『正面戦闘は嫌いです』
虫達が、木々の隙間へ逃げていく。
『だってぇ』
『痛いじゃないですか』
最後に、縫い付けられた唇だけが、羽虫の塊の中で笑った。
そして、霧のように散った。
「まずっ――」
ミシュリーヌの顔色が変わる。
次の瞬間。
――ギィィィィィン!!!
広大な農場全域を覆うように、半透明の結界が展開された。
「ミリー!?」
「ジュリア!! 燃やして!!」
即答だった。
ジュリアの指が動く。
〈爆炎術式〉
ゴォォォォォォォォォォォォォ!!!!
結界が、徐々に収束していく。
閉じ込められた羽虫達が、爆炎の中で灰へ変わっていった。
焦げ臭い匂い。
ぱちぱちと、黒い塵が地面へ降り積もる。
――しかし。
ブゥゥゥゥ――……。
止まらない。
森から。
土の中から。
倒木の裏から。
また、次々と、黒い虫が湧き出してくる。
まるで。森そのものが腐っているみたいだった。
『……危なかったですねえ』
声だけが響く。
『怖かったですねえ』
どこに居るのか分からない。
木々の上。
土の下。
羽音の中。
あらゆる場所から、
ヴェルミースの笑い声が滲んでいた。
『でも残念』
ケヒヒヒヒ――……。
『ここは“大森林”』
『いくらでも居ます、何万でも、何億でも、増えます』
『増やせますよぉ』




