表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
95/159

文明の歪み

 重い空気の中、一行はさらに森の奥へと進んでいく。


 やがて。

 不意に、木々が途切れた。


 その先に広がっていた光景へ、ジュリア達は言葉を失う。


 そこには、大規模な単一農地が広がっていた。

 一種類の作物だけが、地平線の彼方まで延々と植えられている。


 巨大な魔導散布機が、淡い煙を撒きながら巡回していた。

 噴霧された薬液が、風に乗って森側へまで流れ込んでくる。


 作物は異様だった。成長速度が早すぎる。

 本来ならまだ青いはずの穂が、不自然なほど膨らみ、重たげに垂れている。


 その間を、痩せた獣人達が無言で歩いていた。

 疲れ切った目。泥へ沈む足。荒れた毛並み。


 そして。

 その周囲を飛び回る、異様な数の虫。


 ブゥゥゥゥ――……。


 空気そのものが腐り始めているみたいだった。

 森の匂いではない。


 そこにあるのは。

 極めて効率的な、文明の匂いだった。


 その瞬間。

 ジュリアの脳裏へ、エイダン・ブレスラックの声が蘇る。


『文明の加速は、必ず“向こう側”を刺激する』


 ジュリアは静かに目を細めた。


「ああ……これか」


 理解してしまった。


 効率化。増産。物流。人口扶養。

 全ては合理的だ。

 だが。均衡だけが、壊れている。


 その時だった。


 農地側の獣人達が、キャスランへ気づく。


 そして。その視線は、リィンやジュリア達へも向けられた。

 冷ややかな目だった。


 一瞬の沈黙。


 やがて。


「……キャスラン」


「族長……」


 呼ぶ声に、歓迎の色はない。

 ひとりの獣人が、怒気を滲ませながら前へ出た。


「お前は、もう、人間側だ!」


 空気が張り詰める。


 ゴードンとサムが、反射的に警戒姿勢を取った。


 リィンの耳もぴんと立つ。


 だが。キャスランは、何も言い返さなかった。

 ただ、黙って、その言葉を受け止めていた。


 その姿を見て。ジュリアは、静かに口を開く。


「……申し訳ありません。キャスラン」


 獣人達の視線が、一斉にジュリアへ集まった。


 彼らの怒気を真正面から受けながら。

 ジュリアは、静かに農地を見渡していた。


 合理的だった。

 効率的だった。

 実際、この方式なら大量生産が可能なのだろう。


 飢える者も減る。

 物流も回る。

 国家は豊かになる。


 それは、ジュリア自身が進めてきた道でもある。


(……セシリアなら)


 ふと、青髪の少女の顔が脳裏をよぎった。


(セシリアなら、止めただろうな)


 この光景を見れば、きっと彼女は悲しそうな顔をする。

 “間違っています”と、はっきり言うかもしれない。


 ブゥゥゥゥ――……。


 虫の羽音が、耳障りなほど響いていた。

 ミシュリーヌが眉を寄せる。


「……なにこれ」


 地面へしゃがみ込み、土へ触れる。

 指先に黒ずんだ泥が付着した。


「魔力が濁ってる」


 ぽつりと呟く。


 そして、遠くの巨大農場を見上げた。


「これ、気持ち悪い」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 ミシュリーヌは静かに続ける。


「……これ、森が死ぬよ」


 ブゥゥゥゥ――……。


 虫の羽音が、妙に大きい。


 ミシュリーヌが顔をしかめる。


「……近い」


「何がです?」


 ジュリアが問う。


 ミシュリーヌはすぐには答えなかった。


 代わりに。

 地面を見た。


 地面が、蠢いていた。

 黒いモノが、土の隙間から次々と這い出してくる。


 黒い芋虫。

 いや。

 違う。


 よく見れば、無数の種類。

 不自然だった。


 リィンの耳がぴくりと動く。


「……っ」


 虫たちがどんどん集まる。やがて大きな山のようになり、


 その瞬間。

 声が響いた。


「おやおやおやおや?」


 粘つくような声だった。

 誰も気配を察知できなかった。


 なのに。“もうそこに居た”。


 そこに、細長い人影が立っている。


 ボロボロの黒衣。ツギハギだらけの肌。縫い留められた唇。


 そして。

 異様に愉しそうな目。


 ヴェルミースは、ミシュリーヌを見て、ゆっくり目を細めた。


「あなたは確か――」


 口元が、ニィと、歪む。


「青髪の器の側にいた、世界を止める力のニンゲン」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ