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森の異変2

 キャスランの案内で、一行は森の奥へと進んでいた。

 静かな森だった。


 風が枝葉を揺らし、木漏れ日がまだらに地面へ落ちる。

 遠くでは、水の流れる音も聞こえている。


 前を歩きながら、キャスランが気軽な調子で声をかけた。


「そういえば、リィン」


 その隣で、リィンの耳がぴくりと揺れる。


「学園はどうだった?」


 リィンは少しだけ視線を逸らし、困ったように笑った。


「えっと……色々、ありました」


 ジュリアと剣で手合わせしたこと。

 そして、生まれて初めて敗北したこと。

 下級寮で、“獣人だから”と嫌がらせを受けていたこと。

 鍵を壊され、荷物を荒らされたこと。


 けれど。

 ジュリアが当然みたいな顔で、自分を保護したこと。

 気づけば、なぜかアークライト家区画で生活していたこと。


「……お前」


 話が進むにつれて、キャスランの顔がだんだん微妙になっていく。


「なんでそんな自然に侯爵家に住んでんだ?」


「気づいたら、こう……」


 リィンが曖昧に両手を動かす。

 そして、ぼそりと付け加えた。


「リナに捕まりました」


「捕まえてません」


 ジュリアが即座に訂正した。


「優秀な人材の保護は当然です」


 その言葉へ、リィンは真顔で頷く。


「ジュリア様は、とてもお優しいのです」


 その瞬間。


 後ろを歩いていたミシュリーヌが、ぶふっ、と吹き出した。


「ジュリアは、“保護対象”認定すると距離感おかしくなる人誑しだもんね」


「……?」


 ジュリアだけが、本気で意味を理解していなかった。


(この白い嬢ちゃん、天然で人を囲い込むタイプか……?)


 キャスランは数秒黙り。

 それから、深々とため息を吐く。


「……リィン」

「はい?」


「お前、思ったよりずっと大変な場所で生きてんな」

「えっ? そうですか?」


 一行はのんびりとした雰囲気のまま、奥へ奥へと進む。

 だが。どこか妙に、鳥の声が少ない。


 代わりに耳につくのは、羽虫の羽音ばかりだった。


 ――ブゥゥゥゥ……。


 湿った空気の中へ、不快な振動音が張り付いている。

 ジュリアは無言のまま周囲へ視線を巡らせた。


 木々の葉は一見すると青々としている。

 だが、よく見れば虫食いが多い。

 枝先には、妙な白い繭のようなものまで付着していた。


 ジュリアだけが、静かに周囲を見回しながら呟いた。


「……生態系が崩れていますね」


 キャスランがちらりと視線を向ける。


「分かるのか」


「ええ」


 ジュリアは足を止めることなく続けた。


「虫の増加に対して、捕食側が少ない」


「鳥類の減少。大型植生種の不安定化。――典型的な均衡崩壊です」


 キャスランは何も言わなかった。

 ただ、その沈黙が肯定だった。


 やがて。一行は開けた場所へ辿り着く。


 そこにあったのは。

 レッドウッド・トレントの死骸だった。

 巨大だった。


 まるで山が倒れているみたいに、天を突く巨木が横たわっている。

 だが、その死に方が異様だった。

 幹の一部は黒く炭化し。表面には鋭利な切断痕。


 さらに。

 幹へ何本もの杭が打ち込まれていた。

 金属製。人間の魔術加工跡。

 周囲の地面には、白く変色した薬剤散布痕まで残っている。


 ジュリアが静かにしゃがみ込む。

 指先で土をなぞり、匂いを確かめた。


「……討伐ではありませんね」


 キャスランが低く問う。


「何が違う?」


 ジュリアは、死んだトレントを見上げたまま答えた。


「これは――“駆除”です」


 その言葉だけで、場の空気が重くなった。

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