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ルーヴァシード

 ある日の、アストライア新連邦・国際研究棟。


「ついに完成しました」


 エリザ・クロネッカーが、眼鏡をクイッと押し上げた。


 机の上。

 そこには、漆黒の禍々しい光沢を放つ小さな小箱が、整然と並べられている。


「……なんですかこれ。不気味なんですけど」


 リィンが獣人の本能的な危機感を滲ませ、若干警戒した顔で聞いた。


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました」


 眼鏡の縁がきらりと怪しい光を放つ。


「これは、誘引式広域蟲駆除魔導具です!」


「名前が長い!!」


 エドワードが即座に突っ込んだ。


 エリザは気にしない。


「この世界、レテ・スウォームや虫系魔族など、害虫がちょっと多すぎるので」

「徹底根絶を目指しました」


「思想が強いんだよ。絶滅させる気か」


 エドワードが引いていた。


 しかし、エリザがふっと冷酷な科学者の笑みを浮かべる。


「エドワード様。これはただの駆除具ではありません」

「……え?」


「特殊な誘引魔術で蟲を集め、サロミュール鉱の核を“餌”として巣へ持ち帰らせます」

「……餌?」リィン


「ええ」エリザは淡々と続けた

「サロミュール鉱は、蟲系魔族にとって“本能的に忌避できない安定物質”です」


「だから一度取り込めば、巣の中で共有されます」

「するとどうなるか」


 眼鏡が光る。


「摂取・接触・分解の連鎖が起きます」

「巣全体の魔力構造が“同一情報”で飽和し、自己崩壊します」


「エグい……。 やってること大量破壊兵器のそれだ」

 エドワードの悲鳴が響く。


「ちなみに、それって人体に影響は?」エドワードが眉をひそめる。


「ありません!」エリザは即答した。


「これはもともと、古代聖教国で遺体の防腐処理に使われていた“聖骸安定鉱”です!」


「……遺体?」リィンが顔を引きつらせる。


「ええ。腐敗を止めるためのものですから」


 エリザはさらりと言った。


「生体の代謝系には作用しません。作用するのは“崩壊・腐敗・増殖”といった不安定な魔力構造だけです」


「……つまり?」ジェラルド


「虫とカビと、あと一部の魔族が嫌がるだけです」エリザ


「十分危険物じゃねぇか!!」エドワード


 だが。リィンだけは、ぱっと顔を輝かせた。


「さすがエリザさんです! 巣ごと全滅とか天才ですか!?しかも無害!」

「私、虫ほんと大嫌いなので! 滅んでいいです!!」


「今さらっとヤバい発言しなかったか?」


 その瞬間。


 エリザの目が輝いた。


「ではリィンちゃん」


「ご褒美を下さい」


「へ?」


 ぎゅうっ。


「にゃあっ!?」


 猫耳ごと抱き締められる。


「すぅー。……はぁ。癒やし……」

「働いた甲斐があります……」


「ちょっ、離して下さい!!!」


 尻尾がぶわっと逆立った。


 ----------------------


 新連邦中央庁舎。

 代表執務室。


「……謎の香辛料が流通している?」


 ジュリアが書類から顔を上げる。


 向かいでは、ジョシー・エルソンが穏やかに頷いていた。


「ええ。自由都市カナン経由で流れております」


「どこの産です?」


「どうも、エンギュロイ森林国産らしい」


 ジュリアが小さく眉を寄せた。

「……どこかで聞いたような」


「獣人国家ですな」

 ホドフリートが補足する。


「ああ、リィンの故郷ですね」

 ジュリアが納得したように頷く。


「問題はここからです」


 ジョシーが、静かに追加資料を置いた。


「この香辛料、元々獣人たちにとっては一般的な調味料らしいのですが」


「最近、人間側で、妙な依存症状が確認されています」


 室内が静まり返る。


「依存?」


「はい」


「興奮作用。多幸感。集中力上昇。――そして、それが切れた際の禁断症状」


 ジュリアの目が、一瞬で冷徹なものへと細められた。


「……まずいですね」


「ええ。既に裏市場で高値取引が始まっています」


 ジョシーは、いつもの柔らかな笑みのまま言った。


「しかも困ったことに」


「合法です」


 ジュリアが、静かに頭を抱えた。


「しかし、最近、ですか」


 ホドフリートが疑問を投げる。


「ええ。この香辛料『ルーヴァシード』と言いますが、何も最近出回ったものではないんです」


「つまり?」


「種そのものが変化している」

 沈黙。


 ジョシーは、静かに資料をめくった。


「本来、この香辛料は、獣人たちの保存食文化に使われる程度のものです」


「刺激は強いが、せいぜい“癖になる味”程度だった」


「ですが現在流通しているものは違う」


 机へ置かれる分析資料。


『魔力反応:異常増幅』

『中毒性:急激上昇』

『精神高揚作用:確認』


 ジュリアの目が細まる。


「……魔力汚染?」


「個人差はあります」


 ホドフリートが低く呟いた。


「海だけではない、ということか」


「ええ」


 ジョシーが頷く。


「森林側でも、何かが起き始めている」


 窓の外。

 陽光は暖かい。


 だが。

 部屋の空気だけが、静かに冷えていった。

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