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奇跡のインフラ

 冬の内乱で疲弊した鉱山街。


 炭鉱は止まり、街道は荒れ、市場は半ば機能を失っていた。

 人々はやせ細り、孤児が増えた。

 衛生状態は悪化。

 深刻な食糧不足。

 夜になれば山賊が現れ、疫病まで流行り始めている。


 そして。

 街の聖堂は閉ざされていた。

 修道士たちは既に逃げていたからだ。

 残されたのは、冷えた祭壇だけだった。


 そんな街へ。


 春先のある日。

 馬車の一団が現れる。


 白い外套。

 幌馬車へ刻まれた、エルソン商会の黒い紋章。


 そして。青髪の少女。


「こんにちは」


 セシリアが、にこりと笑った。


 最初、住民たちは半信半疑だった。


「いったい何かしら?」

「物好きな貴族か?それとも聖堂か?」

「胡散臭いよな」

「どうせ、新手の詐欺か何かだろう」

「いまさら遅すぎる」

「こんな街、なにもないのに」


 誰もがそう思っていた。


 だが。巡礼団は、本当に働き始めた。


 炊き出し。

 井戸の浄化。

 病人の隔離。

 薬草の配布。

 孤児への読み書き教育。

 夜警。

 崩れた道路の補修。

 簡単な排水工事。


 住民たちは困惑しながらも、少しずつ心を開き始めた。


「なんか、すまないな」

「お気になさらずに」


「ありがとな」

「良いって良いって」


 さらには。

 エルソン商会の輸送隊が、定期的に物資を運び始める。

 塩。薬。布。農具。乾燥食料。家畜。

 止まっていた物流が、少しずつ街へ血を通わせていく。


 そしてジェラルドは、子供たちとすぐに仲良くなる。

 チャンバラ、かけっこ、鬼ごっこ。


「あ、お兄ちゃんみつけたー!」

「こっちだぞ~。おおっと、あぶねぇ」

「あはははは!」


 笑い声が、街の隅々へと伝播していく。


 人々の顔色は良くなり、痩せていた体は、次第に活力を取り戻していく。

 気づけば、共同体が、勝手に回り始めた。


 ◇


「……なぜだ」


 鉱山街領主、

 グラナード男爵は報告書を見ながら呟いた。


「なぜ治安が改善している?」


「なぜ疫病が止まった?」


「なぜ住民が働き始めた?」


 部下も困惑していた。


「分かりません」


「ですが……」


「白の聖堂、と住民たちは呼んでいるようです」


 男爵が眉をひそめる。


「新宗派か?」


「いえ……その……」


 部下は言い淀む。


「本人たちに、その自覚が無いようでして……」


「は?」


 意味が分からなかった。

 だが、止めることは出来なかった。


 なぜなら、街が回復し始めている。

 それは領主にとって願ってもないことだったからだ。


 ◇


 夕暮れ。


 小さな旧聖堂。


 孤児たちが並んで座っている。

 その前で、セシリアが小さく微笑んだ。


「では、今日はお祈りをしましょう」

「どうやるの?」


 子供たちが、ぎこちない仕草で見様見真似で手を組む。

 けれど、どこか嬉しそうだった。


 セシリアはそんな子供たちを見て、また微笑む。


「じゃあ、私の真似をしてね」

「うんっ!」「はいっ!」


 そして静かに目を閉じる。


「世界神ルクス様」

「せかいしんるくすさま」


 柔らかな声。

 子供たちの無垢な声。


「ありがとうございます」


「今、みんなで生きています」


 淡い光が、静かに聖堂を包み込んだ。

 それはセシリアか、それとも子供たちの純粋無垢な祈りに対してか。


「わあ!」「すごい!」


「ね、ルクス様はちゃんと応えてくれたでしょう?」


 セシリアが、にこやかに微笑んだ。


 ◇


 春の終わり。


 雪解け水で膨らんだ川が、陽光を反射して煌めいていた。


 かつて冬の内乱で疲弊していたその街は、今では見違えるほど活気を取り戻していた。

 市場には人が戻り、煙突からは煙が昇る。

 子供たちの笑い声が、石畳へ響いていた。


 そんな街の門前。

 白い外套の巡礼団が、再び馬車へ荷を積み込んでいる。


「本当に行っちまうのか……」


 誰かが呟いた。


 住民たちは、まるで家族を見送るように集まっていた。


 荷車いっぱいの保存食。

 縫われた服。

 磨かれた農具。

 この数ヶ月で、街は確かに変わった。


 そして。

 人々もまた変わっていた。


「ありがとう!」

「本当に助かりました!」

「また来てくれよ!」

「白の聖堂に祝福を!」


 涙ぐむ者まで居た。


 だが。

 その中心で、セシリアは困ったように微笑む。


「そんな」


 ふるふると首を振る。


「みんなが頑張ったからですよ」


 それだけだった。

 まるで、自分は何もしていないかのように。


 だが住民たちは知っている。

 あの日。

 この街へ最初に灯を持ってきたのが、誰だったのかを。


 馬車がゆっくりと動き出す。

 子供たちが駆ける。


「セシリアお姉ちゃーん!」

「ルカさーん!」

「ジェラルドまたなー!」


 ジェラルドが笑いながら手を振る。


「おう!次来るまで強くなっとけよ!」


 ルカは小さく苦笑しながら会釈した。


 そして。最後尾の馬車。

 レオナード・エルソンが、静かに街を振り返る。

 もう分かっていた。これは一時的な慈善ではない。

 新しい時代の“根”だ。


 馬車の車輪が、春の街道を進んでいく。

 残された人々は、その姿が見えなくなるまで、

 いつまでも手を振り続けていた。

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