会談の終り。そして
会談終了後。
新連邦中央庁舎・専用控室。
帝国使節団が退出し、重い扉が静かに閉じられる。
空の光が、長い廊下へ白く差し込んでいた。
誰もしばらく口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのは、ハインリヒ・フォン・グロース少将だった。
「……危険ですな」
低い声。
「共同研究などと言いながら、あの女は軍事技術の制限を一切設ける気がない」
「国家観が薄すぎる」
ディートリヒが腕を組む。
「だが、嘘は言っていなかった」
「それが余計に危ういのです」
ハインリヒが険しい顔をする。
「理想主義者ほど、制御不能になる」
その時。
「違う」
静かな声。カイルだった。
一同が振り向く。
第三皇子は、窓の外を見たまま言う。
「彼女は理想を語っていたのではない」
沈黙。
「あれは……確信だ」
空気が変わる。
ゲルダが、静かに眼鏡を押し上げる。
「何かを知っている、と?」
「恐らく」
カイルは短く答えた。
「黒龍を見た時から違和感はあった。………彼女だけが、“あの程度”で終わらないと理解していた」
ディートリヒが低く唸る。
「……大侵攻、か」
カイルは否定しない。
ただ静かに目を閉じる。夕暮れの学園。謝罪。あの日の少女。
あの時から既に。彼女はずっと、何かに追われていた。そんな気がしていた。
「殿下」
ハインリヒが問う。
「新連邦への対応方針は?」
数秒。
そして。
カイル・エル・バルツァーは、静かに告げた。
「……帝国は」
青銀の瞳が、冬空を映す。
「彼女を敵にしてはならない」
誰も、反論しなかった。
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長かった冬が終わろうとしていた。
王都の石畳から雪が消え、街路には少しずつ露店が戻り始めている。
子供たちが走る。
市場では、商人たちが声を張る。
修復途中の下層聖堂には、いつの間にか白い花が供えられていた。
◇
帝国西方海域。
その日、海は妙に静かだった。
風がない。波がない。
帆船団は、まるで鏡の上を滑るみたいに進んでいた。
「……気味が悪ぃな」
老水夫が、ぽつりと呟く。
空は曇っている。
なのに海だけが、不自然なほど穏やかだった。
「船長!霧です」
見張りが声を上げる。
水平線の先。白いものが、ゆっくりと広がっていた。
最初は薄かった。
だが。気づけば、船団全体を包み込んでいる。
「鐘を鳴らせ!!」
「各船との距離を維持しろ!!」
帝国商船団が慌ただしく動く。
霧が、音を吸っていた。
鐘の音が遠い。声も遠い。
何もかもが、ぼやけていく。
その時だった。
――歌声。
女の声。
遠く。
優しく。
懐かしい声。
若い船員が、ふらりと立ち上がる。
「……母さん?」
「おい!!」
虚ろな目。笑み。ふらふらと。
どぼん。
海へ落ちた。
「なっ……!」
別の船員も、夢遊病者みたいに歩き出す。
ひとり。
またひとり。
「止めろ!!」
だが止まらない。
歌声へ導かれるみたいに、人々が、海へ消えていく。
そして、霧の向こう。巨大な“影”が動いた。
船より大きい。触腕。海そのものみたいな黒い巨体。
「ひっ――」
次の瞬間。
ズ ン ッ。
低い振動。
何かが、船底へ触れた。
――ギ ギ ギ ィ。
船全体が軋む。
「総員戦――」
言葉は最後まで続かなかった。
船が、真っ二つになったからだ。




