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対帝国会談

 新連邦中央庁舎・大会談室。


 重厚な長机。窓の外には、白く曇った空。

 帝国使節団と、新連邦中枢。両者が、静かに向かい合っていた。

 形式上は友好会談。だが実態は違う。互いに、相手の“底”を見極めに来ていた。


 沈黙を破ったのは、カイル・エル・バルツァー第三皇子だった。


「改めて申し上げます」

 静かな声。

「黒龍討伐、そして新連邦樹立。帝国として、貴国の功績を高く評価しています」


「ありがとうございます」

 ジュリアもまた、感情を見せず応じる。


 外交儀礼。完璧。

 だが周囲は察していた。この二人、妙に空気が硬い。


 ホドフリート・ヴァルロアが、わざとらしく咳払いを一つする。

「それで。本題へ入りましょうか」


 カイルが頷いた。

 その後方。

 白髭の老ドワーフ――バルトルト・グリムゾンが、机へ分厚い資料束を置く。


 ドスン。


「まず確認したい」

 低く響く声。

「黒龍戦における戦闘記録についてだ」


 空気が僅かに変わる。

 老技術者の瞳が、真っ直ぐジュリアへ向けられる。


「帝国飛空艇部隊の観測では、黒龍外殻に対し、既存術式兵装の大半が無効化されていた」

「はい」


「だが貴国は、黒龍を内側から破壊し、落とした」


 隣では、オルド・アイゼンが腕を組み、唸るように続けた。


「しかし黒龍の鱗は、既知金属の複合装甲を上回る硬度だった」

 その瞬間。


 エリザ・クロネッカーが、すっと眼鏡を押し上げる。


「貫こうと思えば、貫けますよ」


 帝国技術陣の眉が動く。


「……ほう?」

 バルトルトの目が細まる。


「前提条件を間違えています」


 エリザは淡々と言う。


「硬度勝負をしている時点で二流です」

「装甲とは、“破壊”するのではなく“崩す”ものですから」


 沈黙。


 オルドの眉間に皺が寄る。

「小娘……」


「事実です」

 ぴしゃり。


 会談室の空気が凍りかけた。

 だが。


「――面白い」

 バルトルトが、低く笑った。


「続けろ」

 完全に技術者の顔だった。


 その横で切れ者の女性研究者、ゲルダ・ストーンホルムが、静かに通信機へ視線を落とす。

 卓上に置かれた、新連邦製通信端末。


「こちらも興味深いですね」


「既存魔導通信は中継塔依存だったはず」

「なのに、これは異常な低消費魔力で広域通信を成立させている」


 ジュリアが頷く。


「共同研究の提案なら歓迎します」


 その言葉に、帝国武官たちの目が僅かに変わる。

 普通なら隠す。秘匿する。

 国家優位を取る。


 だが。

 ジュリアは、平然と技術共有を口にした。


 ハインリヒ・フォン・グロース少将が、怪訝そうに目を細める。

「……随分と無防備ですな」


「そうでしょうか?」

 ジュリアは静かに返した。


「知識を一国へ閉じ込めるほうが危険です」


 会談室が静まる。


「国が滅べば、文明ごと失われる」


 その声音には、妙な実感があった。


「我々は既に、それを経験しかけています」


 カイルだけが、その言葉の重さに気づいた。


 この少女は。もっと先を見ている。

 国家ではない。人類そのものを。


 その時。ディートリヒ・ウェルナーが、ふっと口元を緩めた。


「……なるほど」

 武人の目だった。

「黒龍を落とすわけだ」


 ジュリアは答えない。


 代わりに、マクシミリアン・ベルンシュタインが、穏やかに口を開いた。


「では帝国側の要求も伺いましょうか」


 カイルが視線を上げる。


「まず一つ」

 静かな声。

「黒龍素材の一部譲渡を希望します」


 ざわり。


 新連邦側の空気が変わる。


「特に、鱗」

 バルトルトが即座に続けた。

「可能なら心核周辺組織も欲しい」


「正気ですか?」

 ホドフリートが真顔で言った。


「帝国は正気で技術発展してきた覚えはありませんな」

 バルトルトが返す。


 その瞬間。


 ギルベルト・ノイエンブルクが、後方席で吹き出した。


「好きだぜ帝国」


「黙っていろ辺境伯」

 ホドフリートが頭を押さえる。


 ジュリアは少しだけ考え。

「……条件次第です」


 カイルの目が細まる。

「条件、とは?」


 ジュリアは静かに言った。


「技術は共有します。

 ですが、“囲い込み”は認めません」


 その視線が、帝国技術陣へ向く。


「共同研究機関を設立しましょう」


 沈黙。


 次の瞬間。

 エリザの目が、ものすごく嫌な感じに輝いた。

 バルトルトも。

 ゲルダも。

 オルドすら。


 技術者たち全員が、同じ顔をしていた。


 ギルベルトがにやりと笑う。

(面白くなってきやがった)


 ホドフリートが、遠い目をした。

(また厄介なものが増える……)


 そこで、ハインリヒが言う。

「仮に共同研究を行うとして」


「成果物の軍事転用は、どこまで許容するおつもりですかな?」


 ジュリアは即答する。

「必要なら、全て許容します」


 一同。


 数秒、沈黙。


「……随分と思い切る」


「お待ちなさい。ジュリア。それは新たな戦争の火種になりかねません」

 扇をパチンと鳴らして、エウラーリアが止める。


 だが。

 ジュリアは静かに返す。


「いいえ、エウラーリア様。次の大侵攻で文明が滅ぶなら、倫理も国家も意味を持ちません」


 会談室が静まり返る。


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 倫理。国家。秩序。

 それを、この若い代表は、必要なら切り捨てると言った。


 だが。

 その声音には、狂気よりも先に。

 切迫感があった。


 カイル・エル・バルツァーが、静かにジュリアを見つめる。


「……貴女には、何が見えているのですか?」


 室内の空気が止まる。


 ホドフリートが、僅かに眉を動かした。


 ジュリアは沈黙する。


 数秒。


 窓の光だけが、白く机へ落ちていた。


「答えられません」

 静かな声。


「ですが、私は」

 ジュリアの青い瞳が、真っ直ぐ帝国側を見据える。


「人類同士で消耗している余裕は、もう無いと考えています」


 ディートリヒが、腕を組みながら低く唸る。


「……魔族か」

「はい」


 即答だった。


 ハインリヒが目を細める。


「黒龍一体を落とした程度で、そこまで警戒を?」


「違います」


 ジュリアは否定する。


「黒龍"程度"だからです」


 その瞬間。

 帝国武官たちの空気が変わった。


 黒龍。国家災害級。

 帝国ですら、正面衝突を避けていた存在。


 それを。

 “程度”と言った。


 エウラーリアが、静かに目を伏せる。


(……やはり、この子は)


 もう、普通の戦争を見ていない。

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