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休息と握手

 ヴァランタン公爵邸。

 午後のサロン。


 珍しく、ジュリアは仕事を持ち込んでいなかった。


「ジュリアー!」


 ぱたぱたぱた。


 小さな足音。


 次の瞬間、金髪の少年が勢いよく飛びついてくる。


「おっと」


 ジュリアが、片手で受け止めた。


「こんにちは、ルシアン」

「きょうはおしごとないの!?」

「ありません」


 本当はある。山ほど。


 だが、ミシュリーヌに半ば強引に連れて来られた。


『たまには休みなさい』


 とのことだった。


「ジュリア、あそぼ!」

「何をです?」

「おままごと!」

「却下です」


 即答。


 ルシアンが、しょんぼりする。


「えー……」


 そこへ、少し遅れてカミルがやって来た。


「ルシアン、困らせるな」

「だってぇ」


 カミルは、小さくため息を吐いてから、

 ジュリアへ頭を下げる。


「すみません、ジュリア姉様」

「いえ」


 ジュリアは少しだけ目を丸くした。


「貴方、本当に九歳ですか?」

「父上にもよく言われます」


 苦労してるんだろうな、とジュリアは思った。

 しかし、周りの人間は、誰もが心の奥で「お前が言うな」と思った。


 その時。

 ルシアンが、ジュリアの袖を引っ張る。


「ねえジュリア」

「なんです?」


「ぼく、おおきくなったらジュリアのおよめさんになる!」


 サロンが静まった。

 ミシュリーヌ、紅茶を吹きそうになる。

 エウラーリアは、優雅に笑みを深め。

 使用人たちは、必死に真顔を維持していた。


 ジュリアは数秒沈黙し。


「……そうですか」


 ぽん。


 ルシアンの頭へ手を置く。


「では、強くなってください」

「うん!おねえさまみたいになる!」


 満面の笑み。


 その横で、カミルが頭を抱えていた。


「ルシアン……」


 ジュリアは、少しだけ肩の力を抜く。


 こういう時間も、悪くない。

 ほんの少しだけ、そう思った。


-----------------------------


 新連邦中央庁舎・大会談室。


 高い天井。

 長机。

 磨き上げられた床。


 窓の外では、冬空の光が白く差し込んでいる。

 室内には既に、帝国側の使節団が整列していた。


 軍服。

 外套。

 勲章。


 その中心。


 カイル・エル・バルツァー第三皇子が、静かに前へ進み出る。


 青銀の髪。

 無駄のない礼装。

 その表情は、いつものように静かだった。


 対する新連邦側。


 ジュリア・アークライトもまた、一歩前へ出た。


 一瞬。

 学園時代の記憶が、互いの脳裏をよぎる。


 夕暮れの中庭。

 謝罪。

 黒色波長。

 ミリーの退学。


 だが、今ここに居るのは学生ではない。

 国家代表だった。


 カイルが、ゆっくりと右手を差し出す。


「新連邦設立、おめでとうございます」


 穏やかな声だった。


 ジュリアもまた、手を伸ばす。


「ありがとうございます」


 握手。


 柔らかい笑み。


 完璧な外交儀礼。


 だが。


(お前のせいで)


 ジュリアの脳内は、割とそれだった。

 女王。新政府。連邦制。そして求婚。

 少し思い出しただけでイライラする。


 でも顔には出さない。

 国家代表なので。


 一方カイル。


(やはり怒っているな……)


 なんとなく察していた。

 でも彼も顔には出さない。

 皇子なので。


 周囲の帝国武官たちは、その握手を静かに見つめていた。


 若い。

 あまりにも若い。

 だが。

 会談室の空気を支配しているのは、間違いなくこの二人だった。


 その後方。

 ホドフリート・ヴァルロアが、小さく咳払いをする。


「……お二人とも、立ったまま睨み合わず、席へ着いていただけますかな」


「睨み合ってません」

「睨み合っていません」


 綺麗にハモった。

 ホドフリートが遠い目をした。


(面倒な組み合わせだ……)

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